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聞くに、この場所はソノオタウン近くの205番道路にほど近い水辺の施設らしい。
ムディーア曰く、近くに花があると心が安らぐとか何とかで、ソノオの近くに転居を決めたとか何とか。元々あった古い発電所を改築し、屯っていたフワンテを適当に捌きながら建てたとか。
そんな世間話をしつつ、出されたコーヒーに手をつけずにいると、サフラが「毒なんぞ入っとらんぞ」と苦笑する。
もちろんそんな事を疑る訳ではないが、と視線をムディーアに向ければ、彼は気にする素振りもなくベータが運んで来た機材を優しく丁寧に拭き、それこそ恋仲のように付き添っている。

「ムディーアは全く気まぐれで、そうかと思えば自分の目をかけたモノにはああしてベッタリにもなる。
そう言うところが、あれの“可愛げ”でなあ」
「はあ、それはそれは…」

揉手をするわけではないが、何だか歳の離れた弟を自慢する様に言われると、アルファはあんまりに雑に返すこともできず然りとて、嘘でも興味がある風には返答できないもので、そんな下手な相槌を打つに努めた。
何より、あの翡翠とやらが小さなココロに与えた影響の大元は、恐らくアルファたちには想像し得ない何かなのだろうとは思うので、その答えを聞かずに臍を曲げられても厄介である。
とりあえず待つかと仲間に視線を送ると、疲れ切ったベータや、ココロの無事に喜び戯れるガンマを置いて、デルタがこちらに徐にやって来た。

「アルファが居ない間に起きた事態の、一応の報告があるんだけど」
「報告を頼む」
「了解」

曰く、サフラという男の言葉に藁にもすがる思いで全員が乗った後(まあ、放っておけば仲間が死ぬのだから、必死にもなる)ベータが担いできたあの謎の機械でアルファは先んじてこの施設に来た。
その時離れたがらなかったココロも危険を憚らずに一緒に着いていってしまい、デルタを含めた三人は取り残されたと言う。

「テレポートには重量制限とエネルギーが必要で、さっきの機械自体も一回使うとおじゃんになるらしいし。
僕らは場所を聞いて、あのテレポート用のジャンク機材を抱えてここまで来たって訳」
「ベータが運んできた理由は?」
「サフラ…さっきのレジロックとなんか交渉してたっぽいけど、詳しくは知らない。
アイツの事だから、色々考えてるとは思うけど」

詳しく聞いてる余裕もなかったよこっちは。
そう吐き捨てられ、アルファは頭を掻く。何も言い返せそうにない。デルタは責めたつもりはなかったのだろう、無言になった事でアルファが落ち込んでいると思ったのか、焦りを滲ませて口を開く。

「…別になんて事なかったけどさ。
それに、今回のことであの主サマが残したレポートのことも、少しわかったし」
「何?どう言う事だ?」

ハッと顔を上げるアルファに対して、彼は「返して貰った」と一度サフラに預けていた筈のレポートを、今度はアルファに戻す。
アルファはそのままページを開くと、その見慣れた文字を視線で追った。

<やはり烈火の実力は問題なく、岩ジムを突破した。
タイプ相性など関係なく蹂躙できるのは、大きな自信に繋がるだろう。
想像通り彼はしっかりと自信をつけたが、思ったよりも調子には乗らなかった。彼は慎重派で、いつもその目で私の行動を見張っているようであった。
もう二度と誰も信じない様な顔をしていて、そういう所が気に入っている。
彼は私と同じなのだ。>

<次のジムのため、ハクタイシティにいくつもりだが、真っ直ぐ向かうにはサイクリングロードを通らねばならないため、遠回りすることにする。
登り坂が嫌いなわけではないが、態々そう急く事もないだろう。>

<ソノオに向かう途中でピカチュウを拾った。
喧しく血気盛んで、人を憎んだような顔をしている。小さな娘を適当にいなすと、烈火は彼女の言葉を聞いて何やら動揺していた。
「故郷を焼いた男を探している」「人間を殺す」そう叫んだと、彼は自分と同じく恨みで動いた彼女に共感したらしい。
手持ちが一匹で心許なかったので、一応捕まえたが、興味は薄い。何せピカチュウはその見た目から目立つうえ、特段強くもないのだ。面倒だけは避けたい。>

<ソノオの花園で少し蜜を買った。
これで寄ってくるポケモンを捕まえて、良さそうであれば手持ちにしてもいいし、最悪金に変えてもいい。
そんな気分で買ったのだが、烈火は大層それを喜んだ。朝食に出そうと言い出したので、その時は止めたが次の日に出てきた朝飯が美味かったので急遽取りやめた。
そう言えば、朝食時に聞いたがあのピカチュウの名前は瑠輝と言うらしい。
名のある野生とは珍しいものである。>

「…これは」

内容は普通と言うのも変だが、変わったこともない。手持ちが増えたらしいが、打算的な彼は周囲からの視線の方が気になるらしい。それだけピカチュウというポケモンは特別珍しくない割に、有名なポケモンである。
これで何が“わかった”のか。
その疑問にデルタがそう思うだろうと予想したのか、「内容はね」と付け足す。

「問題は、それが出たタイミングの方」
「タイミング…?」
「そう。主サマの記録、ソノオタウンに着いたところまでだよね。
…で、これを持ってたのは僕、出たタイミングはクロガネのポケセン近くでアルファとココロが飛ばされた後。当然僕はまだクロガネシティ。
これってどう言う意味かわかる?」
「…つまり、レポートは持っている者に連動しているのではない、と」
「ここまで来てアルファとココロ、どっちにこのレポートとの関連性があるかって考えたら、何と…じゃなくて“誰と”連動してるのかは一目瞭然じゃない?」

あえて言い淀んでいたアルファに、逃すまいと釘を刺す。
意地の悪いことをと思うが、目を背けるわけにも行かない事実であるのは確かで、主と彼女の関係が何なのか、というのは想像以外で明確にするためには今一度あの『れっちゃん』と呼ばれていた男にでも問いたださねば。
否、彼が知っている可能性は低いだろう。主は基本的に何事も独断で決め、ほとんどの事柄を即決し、誰にも相談をしない人である。


「そもそも、あの場所にまだ居るかも分からない。主にナナシマに居るように言づけられていただけで、既に退去している可能性もある。
もし、そこから探そうにも名前が…」

そう言って、アルファ自身が自分の言葉にハッとして押し黙る。
れっちゃん、と言うのは間違いなくあだ名である。ココロがつけたのか、或いは彼自身がそう呼べと言ったのか、そこはどうでもいいが兎も角本名ではない。だが、あだ名とは大概何かをもじった結果付くもので、それが名前なのか見た目なのか、と言うところだがこれは恐らく名前からの可能性が高い。
否、そうでなくては困る。箸にも棒にもかからなかった彼の正体が、漸く此処で“可能性”として結びつかせるならそうでなくては。

意を決して、アルファはガンマに抱えられているココロへと視線を向け、真剣な表情のまま重苦しく口を開く。


「…ココロ、少し質問があるんだが」
「なあに?」
「お前がれっちゃん、と呼ぶ男。
…本名は〈烈火〉か?」

アルファがそう問うと、少女の小さな体はガンマの手の中でぎゅっと力を入れた。緊張からかほんのりと汗をかいている。
口元に両手をあてて何か取り繕おうとしたが、結局かぶりを振ってから「うん」と頷いた。

「船の上で質問した時、何故答えなかった」
「…れっちゃんが、いったらだめだよって」
「今回は答えたな、何故?」
「はいかいいえでこたえられるなら、ウソはいわなくていいって」
「…それも“れっちゃん”か?」

小馬鹿にしたようにベータはそう吐き捨てて、足や手を放り投げてソファーに寝転がる。人の家とは思えぬ寛ぎ方だが、それを指摘する者は居ない。
代わりに、アルファが質問を続ける。

「ココロはこのレポートのことを知っているか?」
「れっちゃんが、だいじなものだっていってたのはしってる。でも、よくわかんない」
「また言うなと言われたんじゃなくてか?」
「オイ、やめろよベータ。ココロちゃんが悪いんじゃないだろ」

やけに突っかかるベータを制して、ガンマが庇うようにココロを抱き止めて、三人の視線を避ける。確かに、子供相手によってたかって、と思いアルファも口をつぐむ。

「れっちゃんは、ほんとうにかくしておきたいことは、わたしにいわない、とおもう…」

れっちゃんは、わたしにやさしかったけど、それはべつのひとのためだから。
ポツリと落とされた言葉は四人にとっても共感できる分重苦しく感じて、誰も彼もが何も言えずにただ口を閉ざした。
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