まよなかのきょうはん

※連載時代謎時空
恋愛要素なし



夜と言うのはやけに目が冴える。
それは仕事柄なのか性格なのか、ベータは特別昼夜が逆転しやすい性質ではあった。

「…腹減ってきたな」

薄いシャツ一枚と短パンで大人しく薄い布団に包まっていた時間は数えても数十分程度で、眠っていると嫌につま先が冷えてきて目が覚める。次の仕事の資料確認をして寝たのが三時、今は四時。
昔から眠るのは夏は寝苦しく、冬は寒すぎて、時折こうして目が冴えて眠れなくなる。
一人寝が寂しくて、外に出ることが許されるようになってから女を抱いて寝たこともあったが、大して寝つきに変わりなく。人間の肌と言う熱に無駄に不安定になって、吐いたこともあって共寝もその一回以来しないようにした。

「あー…」

冷蔵庫の中はデルタの手によってか整理されているのか、買い物が近いからか、殆ど空になっている。
日々整理整頓されて、賞味期限などに気を付けていると言うのは大変結構だが、こういう時空腹を収めるのに丁度いい食べ物が無いと言うのは結構困りものだった。米を炊いている時間も勿体ないし、本当に腹にたまるなら何でもいい気分だった。

「お」

ガンマが良く置いている袋菓子の籠の中に、真四角の袋。インスタントの袋麺だ、と気が付く。
賞味期限も怪しい要素もない事を確認すると『ガンマ』と書かれている油性マジックの文字を無視すると裏面の作成レシピを眺め、煙草に火をつける。計量カップなんてないので、沸かす湯の量は適当である。

「…フー」

こういうのは食えればいいのである。
大体の量はラーメンが入る椀のサイズに合わせて麺が沈めばいいとされる。薄い濃い方が調整が利くので、そこはそれなりに。
換気扇をまわして煙草を吸い、湯が出来るのを待つ。テレビをつけようかと考えたが、時間はようやく四時半。どうせ何もやってないだろうし、こんな時間からニュースを見る気分でもない。
なんなら早寝早起きなリーダーがランニングに出かけて行った形跡があるので、帰ってきたら嫌でもニュース番組をつけることであろう。それより先に飯を食わねばならない。

「あ!」
「げ」

しまった、と思うより先にパジャマ姿の少女が駆け寄ってくる。
まだ朝よりも夜に近い時間だと言うのに、彼女の目は完全に冴えていた。早寝早起きの共寝相手が居ると、子供もそうなるのだろう。

「なにつくってるの?」
「…ラーメン」
「ラーメン!いいな〜!」

何味?と聞かれて、煙草の火を水道で消しながら醤油、と答える。
くれと言う訳でもない、見せろと言う訳でもない。少女はベータの足元に引っ付いて、湯がぼこぼこと音を立てるのを待っていた。

「危ねえぞ」
「へーき」
「湯が跳ねる」
「だいじょうぶ」
「………」

これ以上何を言っても無駄だろうと思いなおして、湯が沸いて来たのを見て麺を入れ、片手間にスマホのタイマーを入れて分数を計る。
手持無沙汰になっていると、ココロがのろのろとした仕草で冷凍庫の戸を開ける。身長とほぼ同等の大きさのそれに前のめりにのぞき込んでおり、ベータが内心で慌てながらその襟首をひっつかむと、手にはアイスキャンディーが二つ握りこまれていた。

「あげる!」
「…それ、お前のだろ」
「みんなでたべるやつだから、わたしのじゃないよ」

箱アイスを買ったが一日一本、とアルファに約束を取り付けられていたのを思い出して、成程共犯にしたいのかと思いなおす。
白い棒状のアイスを受け取り、口に咥えて鍋をゆする。時間が経過して粉のスープを入れてかき混ぜると、何とも安っぽい縮れた醤油麺が出来上がった。

「いいにおいする」
「ほうらな」

アイスを咥えながらそう返事をして、出来上がったそれを自分用の大きな椀に入れた後、伏せられていた子供用の小さな椀を持つ。そうすると、少女の目はあからさまに輝いた。
互いに示し合わせるでもなくアイスを食べ終えてから、テーブルに子供用の先割れスプーンをセットしてやると、ココロが両手を上げる。椅子に乗せろと言う意味である。

「あんまり食うと朝飯入らなくなるぞ」
「むむ…そしたらアルファくんおこるかな?」
「怒るだろうなァ」

食事運動睡眠は体の資本、というのが彼の考えであるし、勿論それには否定する余地がないのだが、生き物は健康にのみ生きるのに非ずである。寧ろ不健康な物や事ほど、時折やりたくなるのが生き物だ。

「まあいいんじゃねえか、たまには」
「そうだね、ベータくんがつくってくれたもんね。おいしくたべるほうがだいじ」
「…作ったってもんでもないだろ」
「みんなにベータくんがりょうりしてくれたってじまんしちゃお」
「止めろ恥ずかしい」

こんなもん料理でも何でもないぞ、と言いながら麺をつつく。
食ってみても可もなく不可もない味である。シンプルな醤油麺で、なんならチープである。
腹にたまればいいと思って作ったわけであるので、これでいいのだが。
ちらと隣を見れば、ちるちると麺を啜りながら、ココロが口元を盛大に濡らしている。適当にティッシュで拭ってやると拙い感謝の言葉が返って来て、元々そう多くない量を三分の一ほど分けてやっているので、ベータの方がさっさと食べ終わってしまった。
それにも気が付かず、美味しいね、と笑みを浮かべて食べている少女を頬杖ついて眺める。

「おりょうりじょうずね〜ベータくん」
「こんなもんお嬢でもできるぜ」
「ほんと?」
「ああ」

つゆまですっかり飲み終えて、顔を上げた少女はじゃあ、とベータに続けて上目遣いになる。こう言う仕草をする時、ガキでも女は女だな、と思う。

「おりょうり、こんどおしえてね。やくそく」
「…ああ、今度な」

指切りげんまん、と小指を重ねて約束する。
ベータは自分の食べた皿の洗い物をしたがる小さな娘の頭を撫でてから、皿を洗い終えた。すっかり明るくなった外を白けた気持ちで眺めることもなく、帰ってきたらしい隊長の足音を聞きながら二度寝のために部屋に戻っていった。
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