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「なんだなんだ、反応が薄いな貴様ら」
「…いえ、何と返したものかと」

アルファがそう真顔で返せば、ふんぞり返った男…ムディーアがその端正な唇をつんと尖らせた。
組んだ足のつま先を、リズムに合わせるかのように一定の間隔でゆっくりと揺らしながら、片眉を上げる。

「感涙してもいいぞ」
「いえ」
「すげない答えだな、モテんぞ」
「生憎とこの顔ですので」

こちとらそちら様と違い煌びやかな容姿ではない。
そう暗に答えれば、ムディーアは一瞬で気分の良さそうな表情に変わる。単純な人なのかと考えて、それは正確ではない気がした。

「俺はごまを擦られるのは嫌いだが、素直な感想には好感を持つぞ。
気にするな、この俺の輝く尊顔と比べればポケウッドの大女優であろうが見劣りする」
「はあ」
「故に、そう自分を卑下するな…その小汚い顔でも磨けば光るものもあろうが」

褒めてるのか貶してるのかわからんな、とアルファが困惑気味に雑な相槌を打つ。
一見して鼻持ちならないガキのようにも思えるが、この世に生を受けてたかだか四年のアルファと、伝説にも聞く巨人族の末裔を名乗るムディーアでは文字通り年季が違うだろう。

「そのレジエレキの天才ムディーアさんが、なぜ俺をあのような所に閉じ込めておく必要が?」
「大天才だ。閉じ込めるとは中々悪し様に言うではないか。
あれはそうだな、お前を観察するのに丁度良かったんで実験室を使ったまでよ」
「実験室ですか」

自分はともかくココロまで、とじろりと睨め付ければ、ムディーアは自分の金の髪を指先でくるくる巻き取りながら「仕方ないだろう、離れんかったんだ」とこちらの心を透かして見たように言い放った。

「それより、あの翡翠のことはいいのか?
貴様もそれが気になるだろう、ついでにそこの小娘も」
「わたし、こむすめってなまえじゃない!」
「覚える必要のない名前は覚えん主義だ」
「むきーっ!」
「無駄にココロを煽るのやめて貰っていいですか」

もちろんそれも気になるが、彼が自分をここに連れてきた経緯が気になる。
何せ、ポケモンでも、人間でも、生きている間に彼に謁見する者がどれだけいるのか、と言う相手である。
勿論こんな目立つ見目の相手、出会っていれば忘れるはずない。
つまり完全に初対面である。

「俺の部下達が居たはずです、彼らはどこに?」
「何だ、つまらん質問をしよる」
「先ほど躱した俺を連れてきた理由も、俺を実験室とやらに閉じ込め、観察をしていたと言う理由も、明確に答えて貰っていません」

質問というより、尋問に近く、アルファの精神は既に拷問に変えてもいい程に彼を訝しんでいた。見ただけでも確かに、彼の持つ電気エネルギーの力が自分より数十倍、いや数百倍上だと理解しているからこそ、無闇に戦いを挑みたくはないだけだ。
その上こちらは病み上がりであるし、腕の中には小さな人間の娘がいる。まあ不利に不利が重なっていた。



「それは俺が答えよう」

カーテンのかかった窓が開き、風が突風の様に吹き付ける。
濃いチョコレート色の髪と、ココアミルクのような柔らかい焼けた肌色が乗り出して、窓の縁を踏んでこちらにやってくる。何とも大柄で、よく見れば彫りの深い筋肉質な青年は、あの炭鉱内に駆け出す一瞬にレポートを預けた炭鉱夫その人である。

「アンタは…」
「なあんだ、思ったより早かったじゃないか。
もっとゆっくり来ても良かったのだぞ、サフラ」
「馬鹿言うな。
お前が彼を抱えたと思ったら消えるから、残された他の奴らは大混乱で、俺だって纏めるのに苦労したんだぞ」

彼はそう言って親指でくいと後ろを指すと、丁度駆けてきた三人の様子を見て口角を上げた。
少し離れて息も絶え絶えと言った様子であるが、ベータ、ガンマ、デルタの三人が此方に来ている。アルファが慌てて窓際に駆け寄ると、その姿を見とめたらしいガンマが大きく手を振った。

「隊長ーッ!」
「! ガンマか!?皆無事なんだな!」
「無事かってこっちのセリフ〜!怪我平気なの?おチビも無事?」
「あい!」
「はあ…あつい…おもい…」
「ご苦労だったな、ベータ青年!」
「う゛っ!」

サフラ、と呼ばれていた男に背中を叩かれて、最後尾で何やら洗濯機ほどの大きさの機械を担いで走ってきたベータが倒れ伏す。
それを見て、ムディーアが感慨深げにため息をついた。

「ふむ、やはり重いか。やはり縮小化が必須事項だな」
「テレポートした物が残るのもな、問題が山積みだ」
「ふふ、苦心してこそ研究の甲斐があるというものよ」

「ウワーッ!ベーターッ!?」
「やば…まじで死ぬ?おーい、ベータ大丈夫〜?」

「何なんだ…これは…」

何やら知り合い同士で仲良く会話している者、機械に潰された仲間を助けようとする者。
その全てに困惑が隠しきれず額を抑えるアルファに、ココロは「いたいのとんでけ」と彼の掌越しに額を撫でた。



「いやあ、何だか俺の身内が迷惑かけちまったみたいで、悪かったなニイチャン」
「いえ…助けていただいたのは、事実ですから」

頭をかいて平謝りするサフラに、同じくアルファと軽く頭を下げた。
あの後、怪我をして息絶え絶えになったアルファはポケモンセンターに担ぎ込まれた。が、元より炭鉱爆発やガス漏れで人間もポケモンもぎゅうぎゅうになっていた病院に、今更アルファを担ぎ入れるスペースなど無い。
万事休すかと言うときに、今回偶々“テレポート実験”とやらに駆り出され、これまた偶々炭鉱事故の救出をしていたレジロックのサフラが、まあこれまた偶然主のレポートを預けられていたわけである。
彼が善人故に「止められなかった上に、このまま死なせたら寝覚めが悪いぜ」と、このテレポート実験の大元締めであるムディーアに、彼の助けを依頼したのだと言う。

「本来ここまで辿り着くに、悠に五時間はかかる。
五時間かかっていたら貴様は死んでいたぞ?早期に俺の研究室に担ぎ込まれてよかったな」
「明らかに監禁されていたのは何なんですか」
「ハーッハッハッハ!」
「すげえ雑な誤魔化し方…」

サフラもムディーアも同じく巨人族の末裔として、言ってしまえば兄弟とか家族とか、まあそれに近い何かであるらしい。
だが、二人の顔どころか性格も全く似通っておらず、普通に善意で助ける気であったサフラとは違い、ムディーアは死にかけのアルファを見た瞬間に「コイツは使えるぞ」と思った訳だ。
それ故に死にかけのアルファのみを、ベータが必死こいて背負ってきたテレポート機材で取り寄せて、残りは適当に放っておくつもりだったのだ。

「まあ、想定外だったのはパッチラゴンが助けた娘まで一緒に連れてきてしまったので、やたらに邪魔をされたということだけだな」
「このひと、へんなちゅうしゃしようとしてた!」
「怪我を治してやっている間も、ギャイギャイ騒ぎおってからに」
「なんのおくすりかきいてただけ!」

ココロにとっては突然現れた怪しい輩が、恩人の傷に触れて妙な注射や薬を投与しようとしていれば、それが何か聞くくらいはするであろう。ちゃんとした医者や、若しくは知り合いなら兎も角、相手は口も態度も悪い上に突然現れた異様な自信過剰男のムディーアである。
せめてもう少し殊勝な態度であれば、彼女の警戒もマシであったろう。

「ありがとうココロ、どうやらお前のお陰で命拾いしたらしい」
「礼を言うならこの俺にだろうが」
「…勿論、ムディーアさんにも感謝はしてます。
話を聞くに、ここに来なければ俺は確かに助からなかったのでしょうからね」

アルファがそうついでの様に答えたが、彼は満足げに鼻を鳴らしてその美しい口元を緩く持ち上げた。
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