09

次にアルファが目を覚ましたのは白い天井の見える一室であった。
清潔なシーツの上に寝かされて、体が人から元の歪な原型に戻っていることを悟る。そうすると、居ても立っても居られなくなって、体に点滴針が刺さっていることも気にせず苛立ちに尾を振った。
つい数時間前まで死に際であったので混乱していたのもあり、近くシーツを掴んで寝息を立てているココロが居なければ、ベッドをひっくり返して部屋から飛び出していただろう。

「グ…」

鼻先を軽く押し付け、ココロの体を軽く調べる。見たところ、怪我はないらしい。
ほっと息をつくと、人型に戻り体につけられた針を指で無理やり抜き取った。少し血が出てきたが、痛みはない。呼吸も安定している。
ポケモンセンターだろうか。それにしてはあまりにも狭く、窓もない。
点滴されている薬をスタンドからとって眺めれば、それが一般的に使用される睡眠剤だということも分かった。薬に関しては色々投薬されすぎて耐性がついているおかげだろう。麻酔も効かないので、手術する際などには苦労した記憶があるが、まあそんなことはさておき。

(扉が一つだけ、だがハンドルがない。外からしか開ける想定をされていない設計か)

つまり厳かに監禁されていると考えられる。
眠ったままの少女を抱えて扉に向けて技を打とうとするが、エネルギー不足のようで込めた力に反していつもの電気によるあの勢いはやってこない。であるならば。

(素手で!)

一発片腕で殴りつければ簡単に拉げて扉が外れる。筋力は殆ど鍛え上げたパッチラゴンの最上位であるし、その上彼の特性は張り切りとなれば想定される同族の筋力を大きく上回る。
只の鉄の扉一つなら、握り拳一つで拉げさせ、蹴り一つでたたき割る威力を有している。

「みっ…?」
「起こしたか?悪いな、まだ寝ていていいぞ」
「アルファくん…」

けが、と呟く少女の表情は焦りや申し訳なさに濡れている。アルファの顔に生々しくついた火傷痕が、自分のした事を突きつけているように思えて、ココロは大泣きこそしないものの涙を零す。

「ごめんね、ごめんね…」
「泣くな、こんなのはただの擦り傷だ。
俺は普通の人間とは違う、すぐ治る。だから気にするな」
「でもきっといたいよ、つらいよ…わたしのせいだよう…」

ごめんね、ほんとうにごめんね。
そんなに謝られると、酷く胸がざわつく。少女の泣き顔や声がアルファにとっては他の何より毒である。嫌でも昔を思い出すのだ。
美しい過去と括るには、苦い思い出だが、捨てきれない純粋な思いでもある。
涙で濡れた顔を袖口で軽く拭ってやるが、まろい頬についた涙の跡と赤くなった目元が痛々しい。

「本当に気にするな、お前が悪い訳じゃない」
「その通りだ」

あれは事故だったんだから、と続けようとしたアルファの言葉に口を挟んだのは、見知らぬ男であった。
ココロと同じく金色の髪を持つ釣り目がちな美青年で、それだけならばここの人間だろうとしか思わなかっただろう。しかし、男の電気エネルギーを充填して跳ね上がった髪と、眼鏡の奥で光る怪しい色気を放った瞳が彼が人でないことを指し示していた。

「お前があの場所に行ったのはお前の意思じゃない。
…コイツのせいだ」
「あっ!それ!」

男の人差し指と中指の間に挟むように摘ままれていたそれは、翠色の宝石の欠片…のようなものだった。あまりに透き通っていて、見える断面もまるで切り取られたようにまっすぐなので、作り物にも見える。
だが、それを見た瞬間にアルファ自身もはっと息を呑む。彼女が握りこんでいた何かとは、これだったのか、と。
同時に、主のレポートの言葉を思い返して背筋が凍った。

「三つに、分けて…炭鉱奥に埋めた…」

その埋めたものがその欠片だとして。何故ココロがそれを取りに行ったのだろうか。
彼女にはなんら因果関係のないことではないのか。まさか、主がこの子を連れてシンオウを周れと記したのはこの為か。

どんどん剣呑になっていくアルファの視線に、男は目元をゆっくりと細めてくつくつと喉を鳴らす。嫌に楽しげだった。

「貴様、思ったより頭が回るではないか。よろしい、質問に答えてやっても良い」
「…なぜ、見ず知らずの俺にそんな事を」
「俺はマジックの種明かしが趣味だ。それに、隠されているものは全て詳らかにしないと気が済まん」

悪癖だ、と手で顔を覆うようにして両縁を指で掴み、眼鏡を上げる。そうしてから、ひしゃげて転げた鉄扉を片腕で雑に拾い上げ、少し観察すると口角を強く上げ、

「貴様のことも気になるしな」

と、アルファに向けて囁いた。


扉の先は診察所と工場がごっちゃになったような風景だった。
見知らぬ配線や何に使うか知りたくもない謎の液体が試験管に泡を立てているのを見て、ココロは無意識にアルファの胸に顔を押し付けて腕を掴む。

「お前の体に興味はない、どうせ何で出来てるかなぞ分かりきってるからな。
俺の興味があるのはそっちのパッチラゴンだ」
「! だめ!」

指をさして鼻先から顎にゆっくりと爪の先を下ろして行く。そんな男の手を慌ててココロがはたき落とした。
軽いぺちり、と言うヒマナッツの葉が掠める程度の衝撃に、男は大きな声を出して腹から笑う。
そうしてから、大人気なくもココロの小さな鼻先をその叩かれた方の手で摘む。が、すぐさまアルファがその手を掴んだ。

「止めろ。相手は子供だぞ」
「…ふうん。俺は老若男女問わず平等なのが売りなんだがね」
「ばかー!あほー!」
「ココロ、落ち着きなさい」

今にも噛みつきに行きそうな少女の頭を軽くなでてやると、彼女は何か言いたそうに幼児にはふさわしくない冷淡な目つきをするが、彼は大して気にもせず揶揄うように指先を彼女の前で振ると、チッチッと軽く舌を打ちながら座椅子に腰かけた。

「残念ながら俺は馬鹿でも阿呆でもない。
素晴らしい俺の名を聞きたいか?そうかそうか聞きたいか、では教えてやろう」

別に聞きたいとは言っていないが、と思いつつ、何も知らない相手だと言うのは困るので、自分の紹介をしてくれるならありがたい。
随分と気分良さそうに天を仰ぎながら、パチンと指を鳴らす。すると、突然真っ暗になり彼のいる場所だけにスポットライトの様に光が当たった。

「我が名はムディーア、レジエレキのムディーアである!
この俺を一言で表すと言うのならば、そう…大天才だ」

ポーズを決めてそう美しい顔をこれでもかと見せつけるが、この場にそれを誉めそやす者はいない。長い空白の時間の後、突然の高位のポケモンの存在に呆けるアルファに代わって、何も知らない少女がべえっと舌を出しただけだった。
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