08

※死体注意


早足に声の方へと駆けよれば、困惑した様子のガンマの周りに視線を彷徨わせる。
あのきゃらきゃらと明るく、目立つ髪色の少女が見当たらない。隠れるような場所もないし、外聞なくそこらの人間に聞いて回っても知らぬ存ぜぬである。

「ココロちゃーん!どこ行ったんだ、ホントに…」
「目を離したのはものの数分だ、ちいせえ町だし虱潰しに行きゃあ見つかるだろ」
「誘拐…は無いか。流石に誰か気づく」

ガンマを始めとしてベータ、デルタがそう呟く。
特にガンマは一瞬とは言え目を離してしまったことで、彼女が危険な目にあってやしないかと焦った様子で走り回っている。

「…すまん、お前たちは町の中を頼む」
「隊長はどちらに?」
「俺は少し、奥の方を見てくる。
まさか炭鉱の方に行ってるとは思わないが…一応な」

普通、あの子が消えるとして、歩幅も勿論のこと時間からして五分と経たない間に居なくなったと言うのに、炭鉱奥などまさか行くはずはない。
そう思うのに、アルファはあのレポートに書かれていた文字列を脳の奥でなぞって、頭を振った。まさか、そんな、ありえない。

(一つは炭鉱奥深くに埋めた…)

その埋めたものが何かも分からない。
それをとって来いと言われたわけでもない。ただ、その記述が誰かに読まれることを前提として書かれていたことが、嫌な予感を加速させる。

「おい、待て!」
「なんだ!こっちは急いでるんだ!」

炭鉱前で突然声を掛けられ、アルファの苛立ちは既に上限に近かったせいで荒い口調で返してしまう。それでも一応足を止めると、炭鉱夫と思われる男が同じくらいの体格いい男を背負いながら、こちらに声をかけてきているのを見て、現在この炭鉱の内部がどうなっているのかを察した。
炭鉱と言うのは『こういった』事故が多発する、寧ろ皆それを知っていて尚必要に駆られて掘り進めている。

「爆発か?」
「いや、まだだがガスが充満している。いつ爆発が起きてもおかしくない」
「そうか」

間違いなく人間にとっては危険極まりない状態であるのは確かで、そうであるならなおの事、アルファの足は進まざるを得なかった。あの小さな体に必要な酸素が尽きる前に、居
ないのなら居ないと言う事実確認をしなくてはならない。

「まさか、行くつもりか?」
「子供がいるかもしれない。
アンタ、もし金髪の少女を見つけたら保護してくれ。それで、クロガネに居る俺の仲間に知らせてこれを渡して欲しい」
「馬鹿待て!」

死ぬぞ、と叫ぶ男の声を振り切ってレポートを無理やり預けると、暗い穴の中をかけていく。
スピード勝負だが、己の体が電気を纏うほどのスピードは出せない。上手くセーブしつつ、少女を探し出す必要があった。
勿論、居なければいない方がいい。いいのだが、あのレポートを見てから逆に『此処に居なければ何処にいるのだ』と言う気にもなる。何せあの主によく似た顔の娘、どういった存在なのかも知らない。
只の子供か、本当に愛人との子供なのか、歳の離れた兄妹か、あるいはもっと別の何かか。

(まさか本当に生まれ変わりなのか、あの人の)

ココロのちいさな体を思い出して、岩肌をすべるように駆けてゆく。
主に対しての恩義はある、だが今走っている理由は主の命令があるからと理由付けするにも足りない気がする。ただ、単純にあの子供が健やかに食事をしたり、眠ったりしているのをみてしまったから、此処に居ないで欲しいと思うのと同時に、此処に居るなら必ず地上に連れ戻さねばならないと思ったのだ。
これは使命感でしかない。過去に助けられなかった者への弔いも籠っているのかもしれなかった。
アルファは、自分の女々しい思考を振り払うことが出来ないまま、奥へと進む。
一階層。いない。引き返す顔の青い男たちや、瓦礫に足を敷かれた者を時折助け起こしつつ、奥に進む。どんどんガスが濃くなり、嫌な臭いと共に、死体も増えていく。

(ぐらついてきた)

酸欠、と言う言葉が頭の中に過る。
人間より丈夫と言えど、こちらも肺呼吸である。
たぶん死ぬな、と不思議なくらい他人事な思考が浮かんでは消える。そんなことを考える余裕があるならまだ進める。



「…は、」

居ないでくれよ、と。
思わず言葉にならない言葉が、呼吸に溶けた。
手足に泥をつけた小さな金色の少女が、小さな体をこれまた小さく折り曲げて、猫の子よのように丸まって眠っていた。とても穏やかなものではない、呼吸は浅く、顔は青い。
眠っていると言うより、気絶していると言うのが正しいだろう。何かを握りしめたまま、ピクリとも動かない。

「…まだ、生きている」

心の臓が弱く鼓動しているのを感じて、少女を腕に抱えて再度走り出す。
上に上に、早く地上に。急いているのに思うように足は動かず、つんのめっているうちに、背後から破裂音と熱が襲ってくる。突然の爆発、ガスが充満していればどこで何が火種になるかは分からない。
喉奥に火の粉が入り込んだように熱くなり、咳と一緒に胃液が吐き出される。ヒューヒューと笛の様に喉がなりつづけ、それでも少しずつ先へと進む。

(! 吹き戻しか!)

大爆発と言うほどではないからか、伏して力を籠めれば戻されずに済む。とはいえ、普通の人間ならそうはいかない。
文字通り人並外れた脚力があるからこそ、少女をかばいながら吹き戻しに耐える体力と耐久があるが、周囲は最早酷い有様である。舞い上がった煤と砂と、灰で体中を真っ黒にしながら、時折何とか咳き込むココロを庇って、漸く地上に出た。


「は、…は…あ…!」
「隊長!」
「デルタさっさと呼吸器だせ!」
「言われなくても」

デルタは先んじて持った呼吸器をアルファの口元につけようとするが、彼は疲弊した状態でもそれを避ける。そうして、腕の中の娘を一番近くに居たベータに預けると、そっちに頼むと視線を向けた。
言葉にはならなかったが、すぐに察してデルタは彼女の口元に呼吸器を当てた。ケガはなく、心臓もしっかり動いている。命に別条がないのは、守りきったアルファの力もあるが、早期発見できたことによる運も大きいだろう。

(生きているなら、それで…)

重くなっていく瞼に、アルファが自分の体に迫る死を悟ってすこし笑った。生きているよりは遥かに死ぬほうが気楽なので、地獄に行くとしてもあの戦場よりかは良かろうと思う。
ひとつ思うところがあるとするなら、一番大切な人は天国にいるのだろうから、もう生涯を終えても会えないのだろうと思うと、ひどく寂しくはなった。
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