07

お腹いっぱいに食事をとり、出た頃は昼を過ぎてようやく十三時と言ったところであった。
ひとしきり食べ盛りの男達が鍋の中身をさらっている間にも、ココロは満腹になって少し昼寝をしていたが、店を出る頃にはすっかり目が覚めていた。

「ここからだと、ソノオからハクタイに抜けるのが近いが…」

じ、とレポートの内容を見て、そこで言葉を止める。
ただカンナギタウンに向かうだけでいいなら楽だが、主の残した曖昧な命令と、そのレポートの内容がただ向かえばいいと言うだけだとは到底思えなかった。
否、これは本質の話である。つまり裏があるのでは無いかと、こんなことをさせる理由について思案しているのである。

<烈火はコトブキに着いてからも懸命に戦いを身につけようとしている。
何故そう急くのかと問えば、彼は「強くならなくっちゃいけないだろ」「親父をぶっ殺してやるためなら、なんでもする」と答えた。
彼の目はいつもギラギラと輝いて痛いくらいだ。やはり、その闘争心は素晴らしいことだ。
生まれ持った戦いへの才能というのはつまり、暴力性や勝利を得るためにどれだけ貪欲になれるかである。
と、私は考えている。>

<個人的な見解だが、烈火がリザードンに進化するまでには、後一歩という感覚がある。
これは彼の父親を育てた過去の実績からの、所謂勘であるが、最近ではこう言った勘が外れたことはない。>

<そう言えば、ジムテストを受ける手筈が整った。
烈火は口にしないものの不安がっている様子だったが、最初のジムで負けるようなやわな育て方はしていない。
それでも不安になると言うなら、手持ちの一つでも増やすかと考える。
どうせこの旅は人生において決まった流れでしか無いのだから、私の好きにするのが正しかろうとも。>

「…妙な言い回しだな」

違和感がどんどん言葉にならず、胸の底で沈澱しているような、そんな感覚である。
これと決まった答えが間違いなく存在するのに、口にして出てこないと言うか、辿り着く答え自身は頭の中にあるのに結びつけるつもりが無い脳の構造に辟易していると言うか、そんな所だ。

(この違和感はなんだ?なんと言うか、あまりにも…)
「手慣れてる?」
「! そうだ」

声にハッとして視線を向けると、どうやら盗み見ていたらしいベータが大当たりか、とテレビのクイズの答えを探し当てるような軽い様子で呟いた。
主のレポートの内容は、確かにそう、手慣れている。そのことに前例があったと、烈火と呼ばれたリザードのことも彼の父と重ね合わせているし、ジムテストは勿論、考えてみればポケモンを育てる際に重要な“どう使うか”と言う観念が既にできていた。
大切な基礎だが、どのポケモンを倒しどのポケモンの能力値を伸ばし、どのように戦うかと言うのは、何より大切である。気合いや感情論を否定するつもりはないが、こと公式的ポケモンの対戦における勝敗とは、その戦いの前から決まっているのだ。
だが、旅を始めたばかりの少年少女が持ち前の才能で戦い抜いたとして、その戦いの基礎とも言える戦術の組み立てと育成をスラスラと口にできるのかと問われれば、それは間違いなく否である。

「ベテランのエリートトレーナーみたいな組み方してますね。ほら、ムックルを倒した数数えてら。
スピードの上がり具合や火力をよく観察してます、こりゃあそこらのポケモンじゃ歯がたちませんぜ」
「…ジムやチャンピオンを見越して、というより」

歩合対戦、と口にすればベータは全くそう同じことを考えていたのかパチンと態とらしく指を鳴らした。
歩合とはそのまま、ある場所で戦いを行い勝った数だけランクが上がり、負ければランクが下がる。その分、高位に入ればそれだけ金銭的にも、勿論周囲からの視線もより高く、強くなる。そんな猛者が集い、表舞台に出ない陰湿さを含んだ戦いや、圧倒的な力で押し潰される戦地である。
アルファ達もそれぞれに参加させられたこともあった。血が出ないからまともと言う言い訳をするにも、あまりに過酷な場所であったのは覚えている。

「主は昔と変わらんと言うより“昔から完成されきってる”と思いませんかね?」
「書かれている通り本当に十歳だとするなら、ませていると言う言葉だけでは済まないな」
「パッと見、人生二週目と言う感じですなァ」
「…まさかだろ」

勿論そうだとすれば、このレポート内に書かれた奇妙な違和感は殆ど解決するだろう。だが、そんなことがあるか?とも思うのだ。
なんたって、それは、あまりに突拍子が無いだろうと。


ジム、と言う言葉にアルファが本来向かう予定がなかったクロガネに舵を切ったのは、まあ当然と言えば当然であった。
勿論そのままソノオに向かう事も考えたが、行って戻るだけならクロガネの方が近い。なんなら少し山の麓で道ががたついているが、クロガネからヨスガに向かう事もできる訳だから、構わないだろうと。
先が読めないせいで次にどこにゆけばいいのか明確にされていないと言うのは、思いのほか厄介である。


大の男の足ならクロガネシティまでの道や小さな洞窟など、何のことはない。一時間足らずでやって来た炭鉱に小さな集落が引っ付いただけ、と言った場所は、都会に近いコトブキとの落差が凄まじい。
ガンマに腕を引かれて後方からゆっくりやって来たココロもその物珍しさに目を輝かせていた。

「いしがいっぱいながれてる!」
「ほんとだね〜」
「すごおい!」
「そうだねえ〜」

指をさしてあっちも、こっちも、とうろつく少女にアルファが大人しく、と声をかけようとしたが、すっかりガンマがひっついて可愛がっている様子であったので、あまり口うるさく言葉を連ねても、子供の機嫌を損ねるだけかと思って口を閉じる。
が、アルファが何か進展がないかレポートを開いた瞬間には、暇になったらしいベータとデルタがよせばいいのに揶揄い始める。

「デレデレじゃねえかお前」
「普段ガキには怖がられるから浮かれてんでしょ」
「うるせーな!つか、別に怖がられたりしてねーわ!」

そんな三人の声をBGMに、再度ページを開く。
そうしてこの行動が誰かに誘導されている、と何と無しに思う。何度目かの違和感に吐き気がしたが、それでもそれをしないと言う選択肢は浮かばなかった。


<久方ぶりに来たクロガネシティは、随分と真っ当に見える。
炭鉱が近くにあると言うのに皆普通の顔をしているのが滑稽でもあったし、あの時自分がどれほどの苦しみを負ったかなど知る由もないで、暢気に笑いあっている奴輩を見ていると苛立ちと殺意が腹の奥から迫り上がってくる。>

<あれを奪ってから、どうしてやるかずっと考えて居た。
飲み込んでみてもいいが、それで計画が全部お釈迦になる場合もある。それは避けねば。
私を目として選んだことを後悔させてやる。
お前が私を使うのではない、私がお前を使うのだ。
後悔しろ。後悔しろ。後悔しろ。お前の生命をすべて削り取ってくれる。
そのためなら、世界など滅びてしまって構わない。>

<分けられるのは三つだ。三つにしか分けられない。
どんなもの一つから三つに分けるのだ。そういう風にできている。
一つは炭鉱奥深くに埋めてやった、残り二つはどうするか。
…思えば、何故こんなことを記すのだろう。自分でも不思議だ。
今さら、何か期待しているというのだろうか。馬鹿らしいことであるが、きっと体に引きずられているのだ。
何ともむなしく、幼稚だ。>

「…どういう」

主の記した文字がどんどん乱雑になっていくことと、内容に主語がない支離滅裂なものに変わっていくのに、顔をしかめたがそれを思案している暇は無かった。
背後で「隊長!ココロちゃんが!」と酷く焦った声に、アルファは持っていたレポートを直ぐに閉じた。
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