06

201番道路の草原を抜けてマサゴタウンに到着しても、少女はアルファの腕の中で暢気に寝息を立てていた。
とは言え、此処に来るまでに一時間程度も経っていないので、当たり前と言えば当たり前である。

「このペースなら、案外一日でカンナギまで着いちまうかもしれませんね」
「だといいが」
「それにしても…よくアンタの腕の中で眠ってられますね」

石みたいに硬い腕でしょうに、とからかい気味にベータが呟く。まったくその通りなのでアルファからは何も返答が出来ないが、レポートを持っていたデルタが「ちょっと」と此方に声をかけてきたことで雑談は一時打ち切られた。


<マサゴにやって来て、烈火の火力増強について、当人に話をした。
彼は当然色よい返事をしなかったが、そんなのは関係無い。道中ムックルのみしこたま倒させ、何日も何週間も戦う。パワーレンズも勿論持たせる。
彼の実力は業火には劣るが、此処までたたき上げてやればそれなりにやれる筈である。一度目の進化を成し遂げたのがその証拠だ。>

<能力値の底上げを終えると、彼は「なんでこんなことするんだ」と話す。必要のない工程はない、と答えれば不機嫌そうに口を尖らせた。
最初こそ赤子の様に駄々をこねて癇癪を起こす厄介な子供だったが、バトルと言うものの楽しみを少ない期間で見出し始めているようであった。結構なことだ。>


「主サマ、この烈火って男には…優しかったみたい」
「…俺たちは特殊なんだ、それに昔の話だろ。気にするな、デルタ」
「うん、ごめん。これ一旦返す」

読んでると、なんかあんまり気分よくない。
デルタがそう呟くのも、アルファには良くわかった。手ずから稽古をつけたり、戦力を考えたり、或いはそもそもポケモンバトルと言う大前提が自分たちには当てはまらないから。
いわば、与えられなかったものに対する嫉妬心である。主にとって自分たちは両手で数えきれない数多のポケモンの内の数匹にしかならずとも、過去も存在しえない自分たちにとっては主の存在とは正しく神に均しい存在であったのだ。
その神も、もう死んだのだが。

「…行くぞ、立ち止まっていても仕方がない」



202番道路は草むらが多い。
トレーナーも増え始めているが、こちらがトレーナーではないと察すると声をかけてくるものもいない。何より、わざわざ腕の中で眠っている少女の安寧を妨げたいとは思わないのだろう、この辺りの少年少女は非常に心持が優しいようである。
勿論、こちらが全員声をかけづらい厳めしい男連中だからではないか、というのは見解としては正しいが。

「…なあ、なんか避けられてねえ?」
「そりゃこっちがトレーナーじゃないからじゃない〜?」
「野性は俺がスプレー撒いてるしな」
「えっ、折角ならバトルしてえんだけど!」
「ふざけんなガキ。
この辺りのヤツらなんかお前がデコピンしたら瀕死になるぞ」
「頭蓋骨破裂するね」
「いや大げさだろそれは!」

比較的声を押さえた三人が背後でそう会話していると、アルファの腕の中の少女が小さくううん、と体をよじる。そうすると、面白いくらいベータたちの言葉が止まる。
こういう気遣いが出来るんだな、と内心関心しているアルファは焦らず彼女の体をゆっくり揺らしてやると、落ち着いたのかココロは再度寝息を立て始めた。

「…こらお見事」
「いや、見様見真似だ」

こんな風にしたって、普通寝たり泣き止んだりしてくれんもんだ。
アルファがぼんやりと呟くと、ベータも「まあそうでしょうが」と相槌をうった。
子供というのは大人が思う通りには動いてくれないものである。その反面、何もわからないと言うほど察しが悪いわけでもない。そんな、存外繊細な生き物である。

「現状、レポートの内容をなぞって歩くのが正解なのかは分かりかねるな」
「ヒントもないんで、取り敢えずこれでって感じで…まあいいんじゃないですかね」
「どうせ指示がなきゃ僕ら動けないんだし、良いでしょ」
「お前…やなこと言うなぁ、デルタ」
「事実でしょお」

意地悪な気分になっているのか、デルタがそう最後に締めくくると誰ともなくため息をついた。妙にセンチメンタルに悩まされることもある、主のいない手持ちほど価値のない生き物は無いので。


本来なら一直線のところをぐるりと一周する羽目になったが、昼少し前にはコトブキに着いた。
なんなら、ミオからシンジ湖までの速さの直線が一番長く時間もかかった。普通のトレーナーやポケモンならまず通らない悪路であったが、息一つ上がらず文句も出なかった。まあ、そこはやはり場慣れという奴である。

「…思ったより大きい町だな」
「テレビ局や学校もあるみたいなんで、まあかなりでかいですね」
「む、ふあ…おはよお、ございまし…」

周囲の喧騒にトロトロと瞼が開くと、ココロは小さくそう挨拶する。時間としては十一時前後なので朝というより昼が近い。
その考えと同じように彼女の腹も空腹にくうと鳴る。言わば早めの昼時であった。

「この辺りに飯屋があると良いんだが…」
「フレンドリーショップがあるから、そこでなんか買う?」
「んむ…」

ガンマの問いに、何だか不満そうに口をへの字に曲げた。
夕飯もまともに食べず、朝も缶詰、なら昼くらいはまともに食べたいと言うのはわがままだろうか。
なんと言ったら良いかわからず、口をもごもごとさせる少女に対して、助け舟を出したのは意外にもと言うか、そう言った機微には一見疎そうにも見えるアルファであった。

「いや、シンオウ地方はただでさえ寒い。少し温かいものでも食おう」
「まあ、懐は割と温いですし、それもありか」
「全員まともな食事なんて何年振り?って感じだし、僕は賛成かな」

片や金銭の余裕から、片や物珍しさからアルファの考えに頷くと、近くに建てられた案内板などを眺め始める。
GMSが建てられている場所に合併して食事処もあるらしいと知ると、あからさまに浮き足立っていく。

「みんなで飯ってこと!?」
「そうなるな」
「ええーっ!なんかすっごい良い!隊長何食べます!?」

設置された少しリッチな銀パネルに、いくつかの店の説明や名物がずらりと書かれている。都会的な雰囲気に入店前から既に若い三人は呑まれていたし、アルファも抱えている少女が前のめりになって読めない文字を懸命に追っているのを横目に、周囲からくすくす笑われるのに耐えられず、赤い顔を隠そうとして帽子を目深に被った。

「鍋!鍋あるって隊長!」
「昼から鍋はねえだろ」
「え〜でもここ酒飲めるよ」
「アー気が乗ってきたァ〜」
「クソ単純〜、でも僕もお鍋食べたいかも」
「お前達…」

温まると言う点でも、食事量的にも構わないがココロは良いだろうかと見れば、少女は嬉しそうに顔を緩めて「おなべ!」と手を叩いた。それが多分決定打であった。


男四人に少女が一人、怪しまれるかと思いきや存外微笑ましげに見守られているのは、恐らくアルファ以外完全に浮かれポンチしかいないからである。
和室に通されて「わーっ!」と声を上げたのはココロだけで無かったので、側から見れば飛んだお上りさんである。

「ガンマ、落ち着いて座れ。ココロも靴を脱いだら揃えなさい」
「はあい!」
「うす!」

元気な返事をして案内された和室に滑り込んでから、また戻って靴を並べ直す。歳の離れた兄妹のような仕草に少し微笑ましくなりながら、アルファが少し目元を緩めると、既にメニューを開いているベータに視線が向かう。
ページが明らかに後ろである。

「…ベータ、酒の前に飯だぞ」
「隊長取り敢えず生でいいですよね?」
「ああ…いや、まあそうだな…」
「あ、おチビ、デザートもあるよ」
「ほんとお!?」

たべたい、とぴょんぴょん跳ねるココロに微笑ましさはあるものの、寒い場所から来てさらに冷たい食べ物は体に悪かろう。特に、幼い人間の娘である。
デルタ、と少し嗜めるようにアルファが一言名を呼べば彼は破顔して「食事の後でしょう?わかってまあす」と両手を挙げた。

掘り炬燵式になったテーブルの前に座り、座布団に腰掛けると思い思いに何が良いかにが良いと話し出す。とは言え、大体どの店にもオススメのものと言うのがある。
今回入った店の名物は、シンオウ地方で昔はよく獲れたという鮭を使用した石狩鍋…をイメージしたらしい。今は野菜では存在し得ない鮭という生き物を料理に使うには、色々金もかかる。少なくとも、こういった庶民派の店が本物の魚を使って料理をするというのは、あり得ないことであった。

「これが鮭…」
「赤えな」
「人間もよくやるよね、これ元は豆なんでしょ?」
「らしいな、俺も初めて見るが…」

味噌の匂いと海の匂い、つまりは鮭の臭いであるが、それが混ざり合って、全くただ鍋に突っ込まれた食材がどうにも旨そうに見えるものである。
沸騰した湯が静かにぐらぐら揺れているのも、少しずつしなしなになっていく野菜も、食事と言うものにほとほと関心が薄かった男四人は“匂い”と“熱”が如何に食欲を誘うものかと言うのをこれでもかと突き付けられた。

「おとうふとー、さけとー、しいたけとー、にんじんとー、じゃがいもとー。
はくさいとしゅんぎくと、あとだいこん!」
「よく知ってるなあ、俺こん中だとじゃがいもしか食ったことねえや」
「よだれ出てきた、食っていいか?」
「…煮えて来たな。
よしココロ、お前が一番乗りだ。沢山食べなさい」
「あい!」

アルファが用意された小皿によそってやると、少女は子供用スプーンを使ってゆっくり食べ始める。あち、あち、と時折声がするが、食べられるようだ。
豆腐も魚もよく煮えて柔らかく、味も味噌と食べやすい。アルファが隣に座った娘の食べる様子を眺めていると、知らぬ間に部下三人は自分の分を食べ始めていた。年功序列や上下関係など無いに等しいが、随分必死だなとも思う。

「うまっ!うまあっ!」
「ガンマくんうるさいでーす、食べてる時は口開くなよ汚ねえな」
「隊長、ネギ…」
「自分で食えよ」
「へい…」

はしゃぐガンマに顔を顰めるデルタ。ネギを食べて渋い顔をした後別の皿に移そうとするベータに、それを叱責するアルファ。
器の中の食べ物を口いっぱいに頬張りながら、少女はそれを眺めて出会ったばかりの彼らのことを、だんだん少しずつ好きになって来た気がしていた。
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