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トキワの森の獣道。余程の物好きじゃなければ気付かない細い道を通った先に。
引きこもりの少女がいた。


真麻はダルイ体を起こす。昨日は夜更かしをし過ぎてしまった。ぐるりと見回した部屋は暗く、目の悪い真麻はよく見えない。
暗い日の射さない森の中、ぽつんと建つ家の周りは草ぼうぼうで。窓には蔦が這っているのにカーテンを閉め切って余計暗くする。
狭い部屋の中の大部分を占める巨大なベッドから窓を見上げれば、ぽたた、と雨の音が聞こえた。
雨が降っている。

「あ…雨か…」

真麻はぐったりと再びベッドに寝そべる。今日は久しぶりに外に出ようとしたのだ、食べ物が自家栽培だけでは足らない。何より栄養が偏る。
さすがに栄養失調で死んだら笑い者だろう?

(あ…でも…それでもいいかも知れない…)

ぐずぐずと外に出る気が失せていく。まだ生まれてから16年しか経ってない人生が幕を下ろすのだ、それはそれで―。
ガチャリ。誰かが部屋の扉を開けて入ってくる。それを確認する間もなく、ぐいっと襟元を引かれた。目が悪くてもこれならよく見える。
端正な顔がアップになった。

「おい」

襟元も引かれたまま、揺すられる。
視界がぶれた。余計見えない。

「起きろ。今日は外に出るんだろ」

「うー…」

唸って否定してみるがさらに揺さぶられた。相変わらず乱暴だ。
どちらが主かわかりゃしない。

「このままだとキノコ生えるぞ。早く、着替えて、起きろ」

一言ずつ強調されてやっと襟元を放してもらえる。相手は腕を組んでこちらを見下ろしていた。
ああ、しょうがない。
ビン底みたいに分厚い眼鏡をかけて。ようやくクリアになった視界に存在する、仁王立ちする僕にぎこちなく笑いかけた。

「おはよう、リユキちゃん」


柔らかい綿の白シャツ、やや長めの白いスカートに映えるような赤い靴。寝癖の付いた黒い長髪。何も考えてなさそうな、深い紫の瞳。
この家の主は眠そうに欠伸をしながら食卓に着いた。既に昼に近い時刻である。
広い食卓には真麻1人だけ。今すぐにでも寝そうな雰囲気の少女の前にとん、とフレンチトーストが置かれる。甘い香りがふらり、と少女の鼻腔をくすぐった。

「うむぅ…」

ぱっちり。初めてはっきりと真麻は目を開く。視界には湯気を立てる甘い朝食。背後から低い声でどうぞ、と聞こえた。

「いただきます」

ナイフとフォーク、ゆっくりと持ち上げてトーストに切れ目を入れて。一口大に切り分けて口へと運ぶ。
甘い。旨い。

「…幸せ〜!!」

小さな絶叫。
その後もゆっくりとだが確実に皿の上のトーストはなくなっていく。最後の一切れを胃に納めて、満足そうに食器を置いた。
目は皿に広がるメイプルソースに注がれている。頭の中で舐めるかどうか考えているのだろう。
ゆっくりと白い指を皿に向けたところでその手を掴まれる。背後から小さな声でダメです、と真麻は叱られた。髪と同じオレンジに塗られた爪先でダメだとたしなめられ、少女は非難の念を瞳に込めて振り返る。

「…ダメ?」

「ダメです。指が汚れますし、はしたないですよ」

「うううー、そんなの誰も見てないじゃん!」

「私達がいるでしょう。はい、手を下ろして」

少々キツそうな目付きの少女にゆっくりと手を下げられ、真麻は不満そうにする。が、特に抵抗することなく従った。
よく出来ました、幼子にするように少女を褒めて彼女は頭を撫でた。
さらりとオレンジの髪が揺れる。空色の瞳が細められる。

「ライルちゃん」

「はい」

「髪梳いて」

「はい」

彼女―ライルはにこやかに頷いて、どこからか櫛を取り出した。真麻の髪を一房取って櫛の歯を通す。それは重たい印象を受ける黒髪にスッと入り、跳ねた髪を直していく。
それに満足して、背後に無言で立ち続ける青年に笑顔を向けた。

「オウカちゃん、ありがとう。美味しかったよ」

「いえ」

笑顔に冷たく返す青年―オウカは空の食器を片していく。真麻はその高身長を見上げて、うん、頷いた。そして目の前に座る不機嫌な青年に顔を向ける。
ふわり、尻尾を揺らめかせて青年は瞑っていた瞳を開く。
見透かす、金の瞳。

「いつ出る?」

「お腹落ち着いたらね。みんなはもう食べたのかな?」

「とっくの昔に」

「そっか。じゃあ今日はみんなで買い出しだ」

不機嫌な低い声に怯えることなく能天気に話す主に、青年は溜め息を溢す。真麻はその息を拾ってクスリと笑った。

「リユキちゃん不機嫌だね」

「誰のせいだ。言ってみろ」

「私かな」

「わかってんなら黙ってろ。
―おいオウカ、片付け終わったか?」

タオルで手を拭くオウカに問いかけるリユキは、静かに頷いたオウカに立ち上がった。そら行くぞ、真麻に一声かけて尻尾を揺らめかせて玄関へと歩いていく。
何あれ。ライルはボソリと呟いて立ち上がる。優雅に主に手を差し出して、行きましょう、微笑んだ。真麻は笑顔で頷いて差し出された手を取る。勢いよく立ち上がり、オウカの手を引いて歩き出した。
主に手を引かれオウカは表情を変えることなくされるがままに歩き出す。種族では珍しい若葉の瞳を僅かに細めて。

「…ひ、久しぶりの外だー」

いくらか緊張した様子で真麻は外に出た。雨は上がっており、木陰から光が漏れている。それにひえっ、と声を上げて、真麻は日陰を歩く。
ひょこひょこと光を避けて歩く少女の後ろを、青年達が追いかけた。








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