その想いはどちらに与えられるものか


この冷たい大地は夏の期間が短い。カントーでは未だ猛暑が続いているらしいが、ここシンオウでは既に秋真っ只中で少しずつ昼間の気温も下がっている。目の前の娘も普段より1枚多く服を着て、防寒対策をしている。

(…まあ、そんな心配ないくらいめっちゃ燃えてるけど)

何が燃えているかなんて、そんなの物理的でなければ概念的なそれに決まっている。
この能天気でちゃらんぽらんな我らが主も、ほどほどに腕が立つトレーナーなので、所謂ファンと言うものがが存在する。本人は認めたがらないが見た目が男ウケするので男性ファンが多いが、だからと言って女性ファンがいない訳でなく、本日も何やら頬を染めた真麻と同じくらいの年頃の少女が寄ってきたので握手でもするのかと歩みを止めると。珍しくボールから出てきていたオウカに少女は近寄って。

「は、初めて見た時から貴方が好きです、その、つ、付き合って下さい!」

「は?」

その腕を掴んで告白してきた。

「はえー」

思わず漏れました、と言わんばかりのポカン顔でライルは少女を見ている。オウカに至っては話しかけられて初めて存在に気が付きました、の表情で、ついで眉間にすごい数の皺を作った。
その顔を一言で表すなら、そう。
なんだこいつ?である。

「…どちら様で」

こちらが覚えていないだけで顔見知りかと珍しくほんの僅かな配慮を見せて、しかし表情は崩さずにそう問えば、少女はいつもオウカを眺めていた旨を告げた。相手の一方的な認知である。オウカに個人的に親しい人間の知り合いがいる訳ないだろうな、と大変失礼なことを顔に書いてあるライルに頷いていれば、少女は続けて再度オウカに懸想していると言葉を紡ぐ。

「初めて貴方を見て、すごいかっこいい人がいるなって、それからずっと気になってて…。それからポケモンバトルをしてるのを見かけて、相手のポケモンを倒す姿も素敵で…」

オウカが人型を執っているポケモンであると認識していて、尚且つ好いていると。
世の中には人間とポケモンでつがう者もいるし、ポケモン同士でも、同じトレーナーの手持ち同士でつがうだけではないのも知っている。中には他所のトレーナーとつがうポケモンもいるだろう。あるいは主のいないポケモンと。可能性と組み合わせを考えれば限りないために何を言われても頷けるが、しかし、人間が人の身をしていない状態のポケモン相手でも愛を囁けるかどうかは、残念ながら知らぬために簡単には頷けない。
ぽつぽつとオウカをどれほど好いているかを話す少女に、当のオウカは触れられていた腕を振り払いつつ、疑問と疑念の顔から当惑したものに変わっていた。
それもそのはず、こちらが知る限りオウカに告白する人間など初めてである。ポケモンならば何体かいたが、オウカにすげなく断られていた。
それも話の途中で。

「…俺には貴女と共にあることはできない」

「いつも一緒でなくていいの、お役目がない時に帰ってきてほしいだけ」

「そうではなく、俺は貴女を好いていない。そもそも、その、人間に何か思うことはなく…」

嘘つきめ。
ライルと俺の顔と心が完全に一致した瞬間だった。オウカは俺達に背を向けていて、少女はオウカしか見えていないために気付かれていないが。
お前こそ人間に懸想している癖に。本来もう少し純粋だった気持ちは長い年月をかけて歪んでしまったけれど、紛れもなく好意だろうが。

「だから、貴女と、人間とつがうことはない…」

ところで、俺とライルの記憶と認識からわざと消しているものがある。いやちゃんと見えているし存在丸ごと消した訳ではないのでもちろん護衛はしているが、現状を考えて下手に触れると大変なことになるので放置しているものが1つ、ある。

「…」

この、恐ろしいまでに無言を貫く、我らの暴君である。細められた紫色は相手の少女をずっとねめ付けているし、告白劇が始まってから腕を組み小首を傾げた上、オウカから少し離れて2人を視界に納めている。
そして、全身から吹き出ている不機嫌オーラが凄まじい。この気配に色を付けるなら黒、しかも真冬のシンオウ地方、鬱蒼とした森の暗闇レベルの真っ黒である。周りが雪一面で白いからすっごく映えますね、なんて言おうものならその極寒よりも冷たい視線で串刺されて死にそうなくらいヤバイやつだった。
なんでオウカは気が付かないのか。あの真麻にベタ惚れのライルだって恐ろしいから近付きたくないって俺の方に寄ってきてるんだぞ。
俺が巻き込まれるからやめてくれ。

「す、少しでいいから、考えてほしいの…」

「だから、俺は貴女とは」

とりあえず現状の整理を終えてもあちらは終わる兆しを見せない。何度断っても繰り返す少女にオウカが苛立っているのが見える。もう適当にこちらから声をかけ、話を切り上げて帰る方がいいんじゃないかとライルと視線を交わす俺の目線のその先で、真麻の首が反対に倒れた。
とても億劫に、面倒臭そうに。

「オウカちゃん」

どうなるかと震え上がっていた俺達の予想に反して、真麻の声は普通の声音をしていた。ただ口を開くのが面倒だといったやや不明瞭な発音だったが。
真麻の声に反応したオウカが振り返り、そこで初めて真麻の不機嫌さに気が付いたようだ。動揺に瞳が見開かれて視線が彷徨いている。
お前が知らないだけで、後ろから見てる俺達めちゃくちゃ怖かったんだけど。
かけられた声とオウカの視線の先を追って少女が真麻を認識する。相手のそわりとした空気に、真麻をオウカのトレーナーであると知っているようだった。真麻の周りの空気の悪さに少し困惑している。
それも全て見えているだろうに意に介さず、かくん、斜め後ろに首が倒れて、下から仰ぎ見るように真麻は目をすがめたままオウカに命ずる。

「帰るよ」

「わかりました」

2回目の声はわかりやすく低い。きちんと対応を間違わずに、間を空けずに頷いたオウカに真麻も頷いて、ゆらりと踵を返した。
その後ろ姿に少女は叫ぶ。

「ま、まだ話はっ」

「私が帰ると言ったら帰るの。そもそも、オウカちゃんは嫌がってたでしょ?」

「でもっ」

「あとぉ…まあトレーナーじゃなさそうだし、言っても無駄だろうけどぉ…」

くるり、スタスタ。やはり不明瞭な喋り方で対応していた真麻の足取りは案外しっかりしていて、面倒そうな顔のまま少女に歩み寄り。
その胸ぐらを掴む。

「…トレーナーのパートナーに、ちょっかいかけないでくれる?その何も詰まってなさそうな空っぽの頭に言ってもしょうがないだろうけど、あの子は私のなの。何がどうとか理屈がこうとかじゃなく、あれは私のもの」

いい?わかった?
別段声を荒げた訳でなく、低い声音で伝えた訳でもない。面倒そうな顔のまま、眠そうに話しただけ。それでも気配は真っ黒のままだし、少女の襟首を締める手は力が込められてそのままだ。
隣のライルが超小声で放った怖い、に無言で賛同する。物理だったら俺の方が強いけど、あいつの心根の方がずっと怖い。

「…聞いてる?」

相手から何も反応がないことに真麻が眉を寄せるのが見える。真麻の覇気のない覇気に立ったまま死んだりしていないだろうかと心配したが、少女の口元がはくはくと動くのが見えてとりあえず安心した。
よかった、なんか瞳孔開いてるけど生きてる。

「…主人」

「…聞いてないっぽいな、これ。もう疲れたから帰りたいんだけど」

陽の光りを浴びすぎると死ぬタイプの性格上、長時間外にいるストレスに、真麻から少女への興味が失せたようだ。元々感情が長続きしないために不機嫌さはそのままだが、一旦頂点まで上がった怒りのボルテージが底辺まで落ちている。
ここいらが潮時だろう。

「真麻、帰るぞ」

「んー」

生返事だか確かに頷いている。パッとようやく放した襟首には大層皺が寄っていたが、相手に傷1つ付いていないので及第点だ。嫉妬と怒りで病院送りにしなくてよかったと俺達が胸を撫で下ろす前に、そのまま真麻の手はオウカの腕を掴む。
それはちょうど、少女に触れられていたところで。ギリギリと音が聞こえそうなくらい掴む指に力が入っているのが見える。

「次、あれに触ったら怒るからね」

「…承知しました」

落ちた低い声にオウカは頷く。何も反抗しないのは賢明だろう。また真麻の怒りが爆発したら今度は怪我人が出る。爆発の度に被害が大きくなるところは火山と一緒だ。
今回オウカに非はないだろうが、迂闊に触れさせたのが原因なので、特にフォローはしないでおく。
俺達だって自分の身が可愛い。

「…もの、って、そんな、生きてるのに物みたいなこと…」

「んあー?」

しかし勇敢にも火口に石を投げる真似をするやつがいる。その勇敢は無謀の間違いだがな。
掴んだオウカの腕を抱き込んで、見せびらかすように真麻が斜めに振り返る。
ぺろっと出した舌と半眼の目が嘲りを伝えた。

「トレーナーと手持ちなんて元々そんな関係でしょうが。それがなくたって、オウカちゃんは私の、なの。
君はどうやっても選ばれることはないんだよ。オウカちゃんは既に私を選んだんだからね」

大変語弊がある言い方をしたがために少女の顔が大きく歪んだ。ライルの可哀想に、と呟かれた言葉は二重の意味を示している。
1つ、真麻の選び選ばれるの発言はトレーナーとパートナーの関係を示していて、恋愛関係なんてこれっぽっちも入っていないこと。だから恋人関係かのように聞こえるこれは間違いで、少女の完全な勘違いである。
2つ、パートナーの立場とはトレーナーから選ばれるもので、手持ちが願ったところで必ずしもトレーナーの一等になれないこと。長く共にあったからなれるものではないため、そもそもオウカが選んだとの言葉は真麻の嘘である。
いつだってこの2人は真麻が望んだ関係にあるのだから。

「…もういい?」

「いいんじゃね、つか大通りでやるもんじゃないんだけど」

「…そうだった…」

「私達のこと通行人避けてたよね」

野次馬は真麻の不機嫌オーラが爆発した辺りから散っていった。
誰しも自分の身が可愛いからだ。

「…ねむい…」

「ほらー、オウカがサクッと断らないからー」

「…相手がしつこくて」

「まーあ、かなりしつこかったよなぁ?」

やや呆けている少女を見やる。真麻の認識から完全に外れていて、オウカの視界に入っていない。ライルはわざと無視。急かすように2人の背を押して早足で歩いていく。
そこにいないかのように好いた相手に扱われて、少女は泣きそうに唇を引き結ぶ。泣いても構わないが、まあ、少し脅しとくか。
そっと真麻達から離れて、潤む瞳を覗き込む。

「人の身ばっかり褒められても、オウカはお前に興味なんか湧かないぜ」

「え」

「真麻は、あー、うちのトレーナーは、人の身にそんなに興味ないんでな。オウカが獣でも、全く構わないやつだから」

可愛い、素敵、かっこいい。
本来の姿に頬を擦り寄せて、いとおしいと笑む真麻に、オウカも目を細めて擦り寄る。
それは幸せな光景だった。
その光景を見たことがないだろう少女に言っても、それこそ仕方がないんだろうけど。

「ちょっかい出すなよ、次はうちの奴等全員で相手するからな」

バチリと目の前で小さく閃光を走らせて、真麻に気が付かれる前に戻る。
はあ、ため息を吐いた隣でライルが片眉を上げる。そもそもオウカに想いを告げる少女のことは俺達だって好いちゃいなかった。
だってあいつ、俺やライルのこと見ても、何だかわからないんだから。ただ少しばかり見目のよい、人間に見えてるだろうし。

「なあ真麻ー。あっちに歩いてる女、何に見える?」

「うん?サンドパン」

「じゃああっちは?」

「ロズレイドだけど?」

「…だよなー」

「なんなの、変なリユキちゃん」

眠たいのかオウカにもたれかかって緩慢に歩く真麻に、曖昧に笑いかける。
人型になったポケモンをほぼ瞬時に見分ける人間を、俺達は知らない。
真麻から見れば、オウカもただのドダイトスである。それを基準に考えれば、あの少女にオウカが興味を抱くはずもない。








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