諦めた先


「あ、彼岸花」

ゆらゆら頭を揺らしてあちらこちらに視線をやっていた主人が、道の端にできた小川にふと足を止めた。畔に視線を落としていてその先を追えば、赤い火花が咲いている。
彼岸に咲くから彼岸花、秋の始まり、ちょうどこの時期に咲く花だ。
秋の始まりと言うが、既にシンオウは夏が遠い。

「彼岸花ってさあ、火事の花なんだって」

「火事?」

「花の咲き方が火花みたいでしょ?だから持ち帰ると火事になるんだってさ」

「はあ」

パチパチと今にも弾け燃えそうな放線を描く花びらが、火を生み家屋を火炎で包む様を想像する。赤と橙の色移りの中、深紅の花はぽつんと床に置かれたままだ。
華やかだが寂しい光景。
風に揺られる花はこんなにも鮮やかなのに。

「まあ湿った場所を好み墓地なんかに植えられる植物だから、衛生面を考えて子供に触らせないようにするための物語だろうけど。仮に発火するとして、そんな花は草タイプには大敵では?」

「そうですね、燃えたら困るので主人も触らないで下さいね」

そろそろと伸ばされた手が俺の言葉に引っ込む。しかし目は花に釘付けだ。
美しい色と奇怪な花びらは人間を虜にするが、本来赤は警戒色、目立つ色にする理由が必ずある。

「…彼岸花には毒があるので、触ってはダメですからね」

「毒?」

「根が最も多いですが、花や葉、茎にも毒があります。摂取量に依っては死に至るほど強い毒性です」

「へえ、綺麗なのにね」

綺麗なものには毒があるだろう。
目の前の人のように、人を引き付ける何かが、きっと。

「じゃ、帰ろっか」

毒性があることでようやく諦めたのか、主人は名残惜しそうにしながらも歩き出す。ゆら、赤い花は弾けた細い花びらを揺らめかせていた。

「…」

地面に刺さったような鋭い茎の根元、本来なら葉がある場所は何もない。彼岸花は花が枯れた後から葉が繁り始めるのだ。
葉見ず花見ず、花と葉は互いを見ることは一生ない。互いが存在しているかも知らない可能性もある。

「…互いがあることを、わかるだけマシなのか」

「オウカちゃーん?」

名を呼ばれ視線を上げると、主人はかなり先まで行ってしまっていた。ことりと傾げた首のまま、己の下僕を待っている。
それからゆらゆら揺れている火花を指差した。

「持って帰る?」

「…いえ、燃えてしまったら大変ですからね」

「ん、オウカちゃんは信じる方?」

「あまり」

「そっか、んーまあ、万が一があるか。燃えたらリユキちゃんめっちゃ怒りそう」

想像したのかケラケラ笑う主人から視線を逸らす。
燃えるのが火花のみか、確証がない。一緒に嫉妬や劣情も燃えかねず、それも大火になるような気がするのだ。

「全て燃えてしまえばいいのに」

過去も未来も、俺も貴女も全部。









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