どうか太陽、落ちないで


とある昼下がり、桜の淡い桃色と遅れてやってきた新緑の甘やかな若葉色が庭一面に広がるそこで、真麻から何の気なしにひょいと差し出された小箱にリビングの空気が凍る。
本当に今思い出しました、と言わんばかりに普通に差し出したぞこいつ。
凍った空気の中、リビング中の視線を集めた本人はきょと、と差し出す先を見つめている。それを動きを止めた俺達は凝視していて、差し出された本人はちょうど切り分けようと手に持っていたきのみを驚きの余りに握り潰している。ぐしゃ、と響いた可哀想な音に真麻の視線が逸れて、その瞳がきゅうと細められた。

「オウカちゃん、モモン、潰れちゃったよ?」

「…あ、の?」

「どうする、それ?」

何これ深刻なツッコミ不足?そんなもんより聞かなきゃならないことがあると思うんだけど?
ぱたぱたとオウカの手からこぼれる果汁にばかり視線がいって真麻の手がわきわきと動き始めた頃に、そっとライルがオウカから皿を取り上げる。

「手、洗ってくれば?」

「…そう、する」

ぎこちない動きでオウカがキッチンに消えても名残惜しげに皿に溜まった果汁を見つめる真麻の前に、ライルが紅茶を1杯用意した。その上でゆっくりと皿を傾けて滴を落とし、くるくるかき混ぜる。

「はい、マスター、どうぞ」

「ありがとう!」

元気なお返事で。
甘い香りを放つ即席のモモンティー、口にした真麻の顔が綻ぶ。にこにことご機嫌で何よりだが、そのテーブルに置いてるそれ、早く説明しろよ。
少女の小さな手に収まる触り心地の良さそうな生地に覆われた、藍色の小さな箱。一般的に貴金属がよく入っているようなそれ。
そう例えば、特定の指にはめるような。

「…真麻、その」

「マスター、何か食べますか?」

「おい」

なぜ遮る。
じろとライルを睨めば、相手も睨み返してきた。このままうやむやにしたいらしいライルは真麻に聞くなと強く訴えかけてくる。
俺達の視線のぶつかり合いに真麻の目もきょろきょろと動くが、キッチンから出てきたオウカに固定された。
柔らかな唇から言葉がこぼれる。

「ところでオウカちゃん」

テーブルに置いていたその箱を、再度オウカに差し出して。

「これ、あげる」

にこ、と笑った。
再びぴしりとライルの動きが止まって、オウカは反射的に受け取ろうと手を動かしたところで、困ったように手を握った。素直に受け取っていいものか判断をしかねると眉を寄せて、しかし受け取らねば目の前のトレーナーの機嫌を損ねるのは目に見えている。
ほんの数秒ほど躊躇って、結局そっと箱を受け取った。

「ありがとう、ございます」

「んーん!」

パートナーに受け取ってもらえたことに満足したのか、真麻はご機嫌で紅茶を飲んでいる。
しかし全てにおいて説明不足だな。

「真麻、箱の中身、なに?」

「ペリドット!」

「…ペリドット?」

真麻の返答にオウカがさらに渋い顔になってゆっくりと蓋を開ける。柔らかな布地の真ん中に、ころんと小指の先ほどの大きさの淡い黄緑色があった。
黄緑に黄金の色が混ざった、芽生えたばかりの若葉の色。真麻の申告を信じるならば、確かに見知った宝石である。
それは見知ってはいるが、普段あまりお目にかからないものでもあるが。

「…そんなのどこで、いやその前にいくらしたんだ、それ」

「知り合いの石屋さんで、お値段はモニョモニョ」

「言えない額なのか」

「プレゼントの金額言うとか、不粋じゃん」

けろりとした顔でそんなことを言う真麻にオウカが引いている。
稼いでるトレーナーの金銭感覚、舐めてると結構ヤバイ。この能天気で人見知りで出不精の少女も、それなりに腕の立つトレーナーで、様々な理由で有名人であるのだった。
世界には轟かないが、地元には轟いている。

「えっとねぇ」

ドン引きのオウカに気付かぬまま、真麻が淡い黄緑を指差す。

「前から探してたんだけど、中々良い色がなくて、あげるの遅くなっちゃった」

「…綺麗ですね」

「そう!綺麗な若葉色に、蜂蜜の色が混ざったみたいでしょう?オウカちゃんに合うと思って、ほしくて探してたんだけど、どっちかが色が強いとか全然色が違ってるのとか、そんなのばっかでねぇ」

「天然物だから、そりゃ見つからねぇだろうよ」

「うん、だから遅くなっちゃってごめんね」

上目遣いに真麻がこてんと首を倒して謝る。とんでもない、と返そうとしたオウカの眉が再び寄った。

「…なぜ、俺に?」

「…んぇ?
なんでって、だってオウカちゃん、この前誕生日だったじゃん」

「…あぁー」

きょとん、と心底不思議ですとばかりの真麻の顔に、俺とライルの顔がシンクロする。一方オウカの顔は眉が寄ったまま、解せないと告げていた。
オウカの誕生日、と真麻は言ったが、オウカ自身は己の誕生日はわからないらしい。それを聞いた真麻が勝手に自身と同じ日付に定めただけだ。
パートナーと同じ日付、同い年。
それだけでもう、真麻の機嫌が良い。

「今年は何をあげよっかなって考えてたんだけど、ようやく探してた色が見つかったから、じゃあそれにしようかなーって」

「それで、こんな高価なものを」

「未加工で小指の先くらいしかないからそんなでもないよ。その大きさだと加工難しいかな…まあでも飾っとくくらいなら」

1人うんうんと唸る真麻の前で、最早それは衝動買いに近いだろう誕生日プレゼントにオウカの顔はひきつったままだ。しかし受け取った以上突き返せる訳もなく、小箱の蓋をきちんと閉めて立ち上がる。
これは大事に仕舞われる感じだろう。
それともあっさりと装飾品に生まれ変わるのだろうか。
部屋へと向かうオウカに真麻は嬉しそうに付いていく。それを眺めて未だ宝石の行方が気になる俺の横、さっきから静かだったライルが突然端末片手に茶を吹いた。気管に入ったのか噎せるライルの背を擦りつつ、どうしたと尋ねると、苦しいのか咳き込みながら涙目でライルが端末を指差した。

「ペ…ペリドットのこと調べて、て…」

「おう?」

「そしたら、けふっ、宝石言葉ってのが出てきたから、読んでて」

「宝石言葉?」

曰く花言葉の宝石版ってことらしい。世の中何でも決めたがるな、とどうでも良いことを頭の片隅で考えつつ、落ち着いたらしいライルを促す。

「ペリドットももちろんあったんだけど」

「例えば?」

「運命の絆」

「ほう」

「夫婦愛、とか」

「へえ」

中々に真麻好みのラインナップ。世界で1番愛しているパートナーに与えるにはぴったりの重い感じの内容。他には平和と希望とか、明るい文字列に茶を吹くほどか、と首を傾げる直前。けふりと肺から空気を吐き出して、少し低い声音でライルが続ける。

「夫婦愛から転じて、一途に相手を思う…そこから色欲を抑える効果が期待できるか、ら、浮気防止に持たせる時も、あるって」

「…あーそー」

「マスターそこまで考えて…いや考えてないだろうな、多分…」

「そこまで考えてたら綺麗に加工して首輪に付けてるぞ、あいつ」

「あ、うん…」

見せつけんばかりに堂々と、ほらほらと言わんばかりの表情で、無駄にでかい胸張って立ってそう。
隣に立つパートナーは死んだ顔かも知れないが。いや案外嬉しそうかも知れないが。

「どうか真麻が気が付きませんように」

特にこれといった信仰心はないが、どこぞに落ちてる神様に雑に願った。









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