エンディングは遠い


「はぁー、なるほどなぁー」

感嘆とからかいをちょうどよく混ぜたような俺の声に、やや固い表情のまま真麻が睨み付けた。
現在雪のバーゲンセールとばかりに毎日毎日降りに降って、辺り一面どこを向いても白一色となった雪降る大地、シンオウ地方。そこで雪籠りをしていた真麻が、久々に手持ち達と買い出しに出た先でやっていたウェディングドレスの試着会。心底笑顔のライルに背を押され、やたらニコニコしたお姉さん達に取っ捕まって早1時間。

「マスター!綺麗です!」

「…あの」

「お客様、お肌が白くてドレスの白色が負けてしまいますわ!」

「それは外に出てなくて、だから」

「マスターマスター、ベールはこっちにしましょう!」

「んー、もういいんじゃないかな、あのね」

「ヘッドフラワーはこちらに致しましょうか!」

「こっちも着けましょうね!」

「…もうなんでもいいです…」

くたりと力なく座り込むのは、普段暴虐無人が服着て歩いているような、とにもかくにも自分中心に世界は回っているかのように振る舞っている、我らがいとおしいトレーナーである。
首からデコルテを銀の刺繍で覆って露出を少なくし、代わりに肩から肘まで白い肌が出ている。そこから先は同じく刺繍で作った手袋だ。胸から腰元まで艶やかな生地にこちらは白の刺繍を被せて奥行きを作り、腰から下は少し重たい作りになっているのか、あまり広がらずに床に大きな波を作っていた。
先程から手を入れられている髪は結わずに下ろしたまま、頭頂部に留められた銀細工から花刺繍とパールを縫い付けられたベールが広がり、耳上辺りから何やら白い花を挿されている。黒髪に白が映えているが重そうだ。
最後にいくつか花を持たされて、ついでに波を作ったドレープに花びらを撒かれて、それを少し離れたところから見ていた俺が目を細めて一言。

「お前、似合うは似合うんだよなぁ」

「…なんだろ、褒められてる気がしない」

「褒めてる褒めてる、似合うぞ、それ」

「…そう、かな」

よくわからないけど、と小さく呟いた真麻の顔は固いままだ。一生着る機会はないと思ってた、と続いた言葉に呆れて、耳が捉えた足音に背にした扉を振り返る。タイミングよく、扉が開かれた。

「…リユキ、これはどうし…ろ、と…」

「おーうおかえり、お前も似合うじゃん、こんな白い格好見たことねーけど」

部屋に入ってきたオウカは視線の先、白と銀に覆われた自らの主人を見て足を止める。オウカの声に反応した真麻も顔を向けて、目を見開いた。
普段は黒や深い緑に身を包んでいるオウカが眩しいばかりの白色のタキシードを着ていた。白の上下にベストは髪色を限りなく薄くした淡い緑、同色の首元のリボンは蝶ネクタイよりうんと大きめで、皺を寄せた厳しい顔つきをほんの少し幼くしていた。
まあ今は近年稀に見るくらい目を見開いているのだが。真麻気に入りのその瞳が落ちそうなほど。

「…」

一方真麻も、はくりと唇を動かしただけでそのまま動きを停止している。しかしこちらの方がわかりやすい。何せ日に当たらないからか生白いだけの頬にこれでもかと乗せられた紅とは違う赤が見えている。
そうそれ、多分この場の全員が見たかった顔。
俺にはわからないけど、普通ウェディングドレス着た時って、そんな顔をするもんじゃないのか。
開いたままだった瞳がゆらりと揺れる。白んだ頭がようやく動いたらしい。

「オウカ、ちゃんも、着替えてたの?」

「いえ、あの、俺は別に」

お互い挙動不審。正直すごく笑いたいが笑える状況じゃない。店員は皆察した表情で息を潜めているし、ライルの顔が死んでいる。
許せ、久々の初々しい恋愛タイムだ。
できればこのまま式を挙げてくれ。

「その…リユキに言われて」

俺のせいか。

「仕方、なく」

「ん、でも、…似合うよ、かっこいいね」

それでいいそれで。
ちなみにちょうど2人の間で体を横向いた形だったので、オウカ側に顔を傾けて目力強めに訴えておく。
言うべきことが、あるよなぁ?
俺の視線にオウカの眉間の皺が寄る。それでも視線を逸らしつつ、ぼそりと呟いた。

「…主人も、お綺麗ですよ」

もう一言。

「…お似合いです」

真麻に首を戻せばその顔は、まあ赤いな。ちょっとびっくりするほど赤いがオウカは気が付かないんだろうな。
お姉さん方はウェディングソングでも流したそうだがまだまだなんで我慢してくれ。ライルは魂戻ってこい。死ぬには早いぞ。
式は挙がらないだろうがやれることはあるだろ。

「…オウカ、そこ並べ」

「は?」

「真麻の隣」

「なん」

「早く」

オウカよりも店員の方が早かった。まだ放心状態の真麻の隣に椅子を用意、広がったドレスの裾を修正して場所を確保。にこやかにオウカを手招く。
このタイミングで真麻の意識が覚醒、椅子とオウカを見比べてぽんぽん、椅子を叩いた。
催促きてるぞ。
うろ、とオウカの瞳が迷ったように彷徨いて、結局は諦めたように早足に真麻に近付く。そのまま椅子に座るかと思いきや、横の真麻を抱き上げた。理解の追い付かない真麻が瞬いたあと、普段と異なる目線の高さに声を上げようと口を開けて、直後に閉じる。浮遊時間は数秒、着地した椅子はしっかりと真麻の体重を支えて唸りもしなかった。
起きた出来事に再度瞬くだけとなった真麻は、目の前で騎士のように腰を折ったオウカに多分反射だろう動きで手を伸ばす。触れると同時にオウカが顔を上げさらりと梳いた若葉の髪が指先から溢れると、真麻は不思議そうに首を傾げた。

「…なあに?」

「…許可を」

何やら必死らしいオウカの厳しい顔を眺めて、主語の抜けた願いに躊躇なく真麻は頷いた。

「許す」

真麻の言葉が終わる前に成長途中の少女を思わせるその細い手首を掴んで、オウカは額を押し付けた。
何を願っているやら。
しばらく好きにさせていた真麻も集中…いや興味が失せたのか、するりと手を引き抜く、その直前。カシャリと響いた機械音に真麻とオウカの顔が同時に動く。見つめた先、記念撮影用だろうカメラを構えた店員がシャッターを押した。
再びカシャリと響いた音に双方怪訝そうな顔をする。

「…え、なに?」

「真麻真麻、隣にオウカ立たせて…いや身長差が広がるか、ちょっとお前立ってみろよ」

「は…?」

怪訝から困惑に変わった顔に、ようやくこの世に帰ってきたらしいライルが駆け寄って何やらわーわーやっている。そこからうるさそうに離れようとしたオウカが立ち上がるが、その腕をライルががっちり掴んで放さない。
そのまま並んで立たせてカメラに顔を向かわせてライルが振り返る。
にこやかだ。

「じゃあ、写真お願いします!持って帰って飾るしアルバム作るのでたくさん撮って下さい!」

「ちょ」

「なん」

「はいこちら向いて下さいー!」

ニコニコしたお姉さん達に呼ばれてやはり同時に顔が動いた。向かった瞬間にシャッターを切られるので2人の顔が諦め顔に変わる。
カシャカシャと音が響く中、隣に来たライルがぼそりと呟いた。

「…もうこれで結婚したことにしよ、死ぬまで一緒なら実質結婚してるようなもんだし」

「そうだな、あいつら死ぬまで一緒だろうしな」

どうせ死んでも一緒だろうよ。









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