寒い日には甘い鍋を囲んで
鉄串に刺したパンを小さな鍋へと差し込む。ゆっくり引き上げれば、とろりとしたチョコレートを纏って目の前へ再び現れた。それをそのまま満面の笑みで真麻が自分の口へと運んで、ばくんと口が閉じる。
にんまりと口角が上がった。
「うんみゃい」
「んー、旨いなこれ。寒いからか串が進む進む」
にこにこと咀嚼を続ける真麻の横からリユキの手が伸び、同じく串に刺さったパンに半分ほどチョコレートを付けて食べている。対面のオウカは無言で鍋に沈めて垂らさないよう小皿ごと口元まで運んでいた。
キッチンからライルが顔を出してグラスを見せる。
「リユキー、お酒何がいいー?」
「なんか甘めのウイスキー。キリカは?」
「俺はワインがいいなー」
「じゃあ私はシャンパンにしよっと」
床に付けられた取っ手を引っ張って開けると、中から冷たい空気が上がってくる。そこに躊躇なく手を突っ込み、次々に酒の入ったボトルを取り出した。即席で作った氷の詰められたバケツにボトルを入れ、グラス片手にリビングへとやってくる。
「はいリユキはこっち、キリカはこれね」
「サンキュ」
「マスターとオウカには甘くない紅茶ね」
「わぁい」
「助かる」
それから何度かキッチンとリビングを往復してパンやフルーツなどが載った皿をテーブルいっぱいに運んで、ライルは隣のソファでくつろぐ2人にも声をかける。
「そっちは食べないんだっけ?お酒は呑む?」
「いや、いい」
「ボクもシャンパンがいいー」
頭を緩く振って断るクシロの横からふよふよと浮いてやってきたノエルは細長いグラスを手に取る。グラスの半分ほどまで薄桃色のシャンパンを注いだライルは、同じくグラスを取ってチンと軽く合わせた。
「…美味しい」
「うん、いい買い物をした」
こくりと飲み込んだシャンパンはほんのりと喉を焼きながら腹に収まる。鼻に抜ける香りは僅かに甘さを残しながらも爽やかで、吸い込んだ空気に混じるチョコレートの甘さを引き立てた。
既に二口目を口に含んだノエルもいつもは冷たく歪められている唇が少し柔らかくなっていた。
「うふふふふ…甘い…美味しい…手が止まんなぁい…」
「袖、汚れるから腕下げんな。あと危ないから串を咥えるのをやめろ。
オウカはこっちに皿あるから空になったら寄越せ。旨いのはわかったからお前も串を咥えるのをやめろ」
ご機嫌に咀嚼を続ける真麻の疎かになっている手元の世話を焼きつつこちらも無言で真麻の倍のスピードで食べるオウカに新たに食材の載った皿を渡してと忙しくしながら、リユキもウイスキーの入ったグラスを傾ける。
「やべぇうめぇ」
語彙の溶けた感想にチョコレートの絡まった苺を食べるキリカが頷く。くるりと回したグラスからふわとワインが香った。
「ほんとに手が止まんないし、もう今日は夕御飯いらないね、俺達はさておきマスターはお腹入らないだろうし」
「おやつにこれはハイカロリー過ぎる。あと腹に溜まる。てか酒入ったら危なくて刃物は持てん」
「わかるー無理だよねー」
テーブルに頬杖を突いてグラスを傾けながら酒を呑んだからか間延びした喋り方でライルも頷いた。
リビングにのんびりよりもグダグダした空気が流れ、たまに鍋に串を差し入れつつ酒を呑む成人3人と延々に食べ続ける未成年2人でテンションが別れる。残り1名は静かに雪の降る外を眺めて酒の肴にしていた。
傾いた日差しが暗闇に溶ける頃、半分以上の皿を空にしてようやく真麻の手が止まる。顔には満腹ですと書かれぺろりと舌が唇を舐めた。
「食べちゃった…」
「ご機嫌で何より。口は拭け」
リユキから渡された布巾で口と手を拭く真麻の前から空になった皿を回収して、唯一酒を呑んでいないクシロが洗い始めた。
まだ食べているオウカに残った皿を押し付けるキリカは少し目元が潤んでいて眠そうで、くたりと伸びたライルは若干目が座っている。リユキはまだ正気を保っているがそれでもいつもより億劫そうにしていて、キッチンからちろりと視線をやったクシロは数瞬考えて口を開いた。
「…片付けは俺がやるから、解散」
「よし寝る」
ガタンと立ち上がったリユキは満腹で眠くなった真麻を抱き上げて真っ先にリビングを出ていく。軟体動物かと疑うくらいフニャフニャになった真麻は抵抗なく抱えられて何やらむにゃむにゃ呟きながら退場していった。
それを串を咥えたまま固まって見送ったオウカの横を覚束ない足取りでライルが歩いていく。よろしくぅ〜と普段の真麻ほどの伸びた声で、ゆらゆら揺れながら開いたままの扉を抜けていった。しかし抜けた先でガタンゴトンと不穏な音を響かせていて、慌ててキリカが追いかけていく。
「じゃ、お先に」
わざわざオウカの顔を覗き込んでノエルもリビングを出ていった。それほど量も呑んでいないため、ノエルは迷いなく宙を進んでいく。
静かになったリビングで固まっていたオウカはキッチンから覗くクシロと目が合った。
「…どうする?」
「…食べても、いいか?」
「いいけど、1人で大丈夫か?」
少し寂しくなったリビングを見回して真面目な顔をしたオウカは頷く。
「大丈夫だ、もったいないから全部食べる」
「いやそうじゃないんだけど」
赤髪の表情の乏しい男の顔が珍しく崩れた。
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