夢見る願いは
ふ、と閉じていた瞼を開く。乳白色のぼやけた視界、見慣れたはずの自分の拠点、雪降る冷たい大地に建っている家の中の景色。
のはずであるが。
「…色が薄い」
うっすら霧がかる視界は全ての色が薄い。棚も、ソファも、自分の手足さえ。退色したそれしかなかった。
何度か瞬いてふと対面を見る。そこにはやはり退色して、輪郭も揺らいだ親友の男がこちらを見ていた。なんでここに、と見つめたが一向に視界がクリアにならずぼやけたままであるのを確認して、ああ、夢なのか、と1人納得した。
そして目の前の男に小声で久しぶりだね、と声を掛ける。
「今はどこにいるんだっけ」
「さあ、どこだったかな」
夢は自分の記憶から生成される。行き先は本人から聞いたような気がするが、一切思い出せないので、さして重要なことでもなしと忘れてしまったのだろうと頷く。
目の前の相手は真麻が半眼のままそれきり黙ってしまったのを見て笑った、ような気がした。相変わらずぼやけた視界に相手の輪郭、顔すら曖昧なのにも関わらず、笑ったのがわかる。
顔が見えずともわかる程度には付き合いが長いのだ。
「なぁに笑ってんのよ」
「いやぁ、珍しく1人きりで静かだから」
「遠回しに普段はうるさいって言うなし…ん?1人?」
相手の言葉に部屋をくるりと見回す。色の薄い部屋は記憶のままだけれど、そこには確かにいつもいるポケモン達がいなかった。しばらく呆けていたが、視界の端で揺れた影に言葉が溢れる。
「なにこれ」
「なんだろうねぇ」
「んん…君の仕業って訳でもなさそうだしなぁ」
「酷いなぁ。俺が君から奪う訳ないじゃないか」
「奪って楽しそうなら奪うでしょ」
「えー、俺にオウカさんは御せないよ」
唐突に聞こえた名前に真麻の閉じかけた瞳が開く。見えたアメジストはきゅうと細まり、赤い唇は引き結ばれた。
その反応の良さに彼はおかしそうに笑う。
「あはは、わかりやすいなぁ」
「…見えないと不安なのわかってて言う奴がいるか」
「俺だよ、俺」
ふくく、漏れた声に溜め息を吐いて、そっぽを向く。向いた先もぼやけていて変わりなく、つまらないな、と結局正面へと顔を戻した。
変わらずおかしそうに笑う彼は、不機嫌そうな真麻に笑いながら話し出す。
「いやいや、そんなに怒らないで欲しい」
「別に怒ってませんけど」
「彼が君の傍を離れる訳ないだろう」
「そして無視かい」
呆れたように首を傾げた真麻に彼はピンと指を立てる。それをくるりくるりと回しながら少々機嫌良さそうに続けた。
「彼は君に首ったけだ」
「首ったけ」
「あれは好いてる奴の態度だろう」
「…好いて、いる」
「君に惚れているのさ」
惚れている、との彼の言葉に真麻の目付きが鋭くなった。
これは夢だと、記憶からなる自分の願望の現れだと、真麻は目の前の男を睨み付ける。己のパートナーが自分に惚れているなど、真麻はこれっぽっちも思っていない。
オウカが自分と同じように想ってくれている訳がない。あの時あのまま死んでしまっていた方が良かったと、思わせるようなことしかしていないのだから。
「…ほんとクズ」
「今の流れでそれが出てくるのおかしくない?」
「私君のことそこそこ好きだけどクズだなとは思ってるからよろしく」
「そこはお互い様なんだよなあ…」
本当に親友かと疑われるような言葉が飛び交う。もう少し罵ってやろうかと視線を上げれば、曖昧な輪郭がさらにぼやけて、名を呼ぶ間もなく視界が白けた。
そこで瞼が開く。
「…はい、夢だったと」
見慣れた自分の部屋。暗い部屋は少々冷たくて、シンオウにいるのだったと思い出す。
ついでに鮮明に覚えている夢を頭から思い出して、叶わないながらも抱き続ける『夢』に呆れて布団を被り直した。
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