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「それでお前、シンオウ行くのか?」
「ん?」
もしゃもしゃとポフィンを咀嚼する真麻は首を傾げる。明らかにそんなことを言ったかな、と物語る顔をリユキは呆れたように見やった。
「地方、移動するんだろ」
「うん?うん」
「カントーはいつもいるし、ジョウトは近所だから行かないだろ。イッシュやカロスは行かないだろうから、残るとしたらシンオウだろ?」
「ん、おー」
「とりあえず飲み込め」
「ん!」
口いっぱいに頬張ったポフィンを紅茶で飲み下す。ぺろりと唇を舐めたご機嫌な主を同じく指を舐めながらリユキが促した。
「で、どうなんだ」
「んー、そこまで考えてなかったけど、しばらく帰ってなかったから行こうか?完全に寒くなる前に行かないとシンオウの家帰るのもしんどくなるし」
「雪積もるしなぁ」
「玄関開かなくなるからね」
「シンオウ戻るんですか?じゃあ1回ボスに会って来ようかな」
「そうだね、顔見せといた方がいいよ。また次帰るのいつになるかわからないし」
2つ目のポフィンを口に運びながらライルが思案顔になる。この気分屋の主を放って出掛けても大丈夫だろうか、と考えたところでオウカは傍を離れない上リユキもいるから大丈夫か、と結論を出す。
真麻の言葉に頷きながらチラリとリユキを見やり、リユキも溜め息を吐きながらもライルの視線の意図を理解して頷いた。
それを後ろから眺めていたオウカが眉を寄せる。何か面倒事を押し付けられそうな気配がしている、と勘がうるさい。
そんなことなど露知らず、真麻はご機嫌に2つ目を咀嚼していた。
「1年ぶりかね、今から行くと寒いだろうなぁ」
「ちょうど雪の降り始めかも知れませんね」
「…帰りたくない」
「オウカは寒いの苦手だもんな」
「別に家に引きこもればいいし、ちょっとの間だけ我慢すればすぐだよ」
「…」
真麻と対称的に不機嫌そうなオウカは黙って紅茶を啜る。2つ目のポフィンをかじる姿は拗ねているようにも見える。
「不機嫌さんだねぇ」
「…別に、そんなことは」
「寒くないようにぎゅぎゅっとしたげるから大丈夫だよ?」
「マスター、私は?」
「ライルちゃんもしたげるー!」
隣のライルに抱き付けば、冷たい体温と柔らかな感触に真麻はクスクスと笑う。その頭を撫でれば、ぐりぐりと額を擦り付けた。幼子のような仕草にライルは笑うもオウカは眉をひそめたままだ。
「ってことで、いつ出発なんだ?」
「もう2〜3日待って。ちょっと買い込みたいかな」
「買い込み…行き先はカイナじゃないですね、このまま陸路で別の港まで行くんですか?」
「ミナモの方が色々船が出てるでしょう。カイナは商売の街だからね、人の行き来はミナモが適任だよ」
「なるほど」
事実カイナシティから出るシンオウ地方行きの船は山程物資を載せた大型の貨物船がメインで、人を乗せた船はそれほど多くない。それはシンオウ地方とホウエン地方のある場所も関係していた。
カントーやジョウトよりうんと遠い雪国は、暖かなホウエン地方からは遠過ぎる。
「別に野宿がイヤなんて言わんし、合間に街を通るから大丈夫でしょ」
「お前ってたまに女の自覚あるのかって思うわ」
「あるぞい。
でもみんないるし、何年トレーナーやってんだって話だし」
「私達がお守りしますからね!!!」
「うん、頼りにしてる」
にっこりと笑う主人にリユキは不満そうに鼻を鳴らす。
少し、いやだいぶふわふわした己の主だが、迷うことなく頼られればそれでも少しばかり嬉しく思う。
何しろ己が認めた人間なのだ。
他は知らない上に知る必要も予定もないが、 使われるだけの存在になりたくない。多少でも心寄せられればそれを返すくらいはする。
でなければ。
「ところでオウカちゃん」
「…なんでしょう」
「…君、食べ過ぎでは?」
「腹壊すぞ」
「ストレスは暴食でどうにかしようとするタイプだよね、オウカは」
最愛のパートナーへ、プラスからマイナスまで溢れても更に注ごうとするトレーナーの愛情を、一欠片くらいは欲しいと思う訳がないのだから。
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