出られない部屋@オウカ


真白な壁が隙間なくぴっちりと上下左右に存在する。しかし、どこにも扉など存在しない、静かな空間だ。
とりあえず力任せに壁を殴ってみるが、傷1つ付かない。手は大して傷まなかったし、HPに変動はない。
ただ壁が壊れないだけ。
隣を見ればぼんやりと白い壁を見ている自らの主。彼女の服は白く、黒髪と深い紫、少しばかり赤い唇がなければ壁と同化してしまう。
力なく床に座っている彼女は眠いのだろう、時折パタンと瞼が落ちて再度開く。それがようやくオウカを見上げた。

「…開かない?」

「…ええ」

「ん…どうしよっか」

監禁されていると言う深刻な状況なのにも関わらず、彼女はぼんやりとしたままふわふわとした口調で話す。
しかし、その瞳がオウカの顔のやや上辺りに向けられて、ゆっくりと見開かれた。

「オウカちゃんオウカちゃん」

「はい」

「そっち、上見て上」

「はい?」

上、と示されたところへ顔を上げると何やら文字列が並んでいた。それを端から端まで読んで、思考が固まった。

「え」

小さな戸惑いの声にふと我に返る。いつの間にか立ち上がっていた真麻は、自分と同じように文字列を読んで困惑を顔に浮かべていた。
うろうろと瞳が泳いで、再び壁へと戻る。オウカも同じように瞳を向けて、小さく読み上げた。

「『親しく触れ合わないと出られない部屋』…」

「…親しくって、どの程度…?」

戸惑いのまま、するりとパートナーの腕に腕を絡めて、真麻はその身を寄せる。しばらくそのまま動かなかったが、部屋に何も変動がないとわかるとオウカの袖を引いた。

「オウカちゃん、ちょっと屈んで」

従順に片膝を付いてオウカは屈む。その首に腕を回して真麻は抱き付いた。驚いたように僅かに黄緑の瞳を見開いたあと、オウカも相手の背中に腕を回した。
少しばかり引き寄せる。

「…。…、開かないね」

「ええ…」

お互いに戸惑う声。
どうしよう、と耳元で呟かれる声は不安が滲んでゆらゆらと揺れている。その声にオウカはしばし考え込んだあと、目の前にある黒髪に隠れた白い耳に触れた。

「ひゃっ」

びくん、と跳ねた肩を無視してそのまま指を這わした。

「えっなになに、オウカちゃん何どうしたの?…うひゃっ」

縁を指先でなぞり、1周する。くいっと引っ張れば頬を赤らめた少女が己の僕の顔を覗き込む。

「どうしたの…?」

「…親しく、と」

「え?」

「…恋仲のように、では、と」

辿々しく言葉を紡ぐ彼の顔はしかめ面で、真麻はしばらくポカンと見ていたが、再び耳に指が這わされると慌てたようにその手を掴んだ。

「待って待って、多分恋人ってこんなことしてないと思うんだけど!」

「どうでしょうか」

「オウカちゃん真面目にこんなことするんだね!?お姉さんびっくりだよ!」

「主人、少し黙って下さい」

「ひっ」

掴まれた手を自分の口元に持っていき、白い指先に口付けを落とす。真麻のひきつった悲鳴に視線を向ければ真っ赤な顔を見つけた。
白い頬は赤く染まり、唇はわなわなと震えている。眉は困ったように下がって紫の瞳に浮かんでいるのは怯えと不安。
そしてほんの僅かな期待。

「…貴女は本当に」

「んっ」

ガブリ。掴んでもいないのに引かれず自分の手に置かれた白い手に歯を立てた。跡が残らないように柔く食めば、強く引き結ばれた唇から小さく声が漏れる。
「…」

再度歯に力を込めれば勢い良く手が引かれた。はくはくと開閉する唇を見ていれば震えたまま唇が動く。

「だっ…からしないって!」

「…いつもの余裕はどこに行きました?」

「あっやっ!」

自由になった腕を伸ばして耳に触れた。すぐに身を捩って離れようとする体を引き寄せて、オウカはふうと耳に息を吹き込む。再び体を震わす主をお構い無しに耳に歯を立てた。

「や、…うー」

「主人」

「…も、むり、むりだから…」

震える体から力が抜ける。自分に凭れ掛かってきた真麻に嘆息して、オウカは視線を上げた。

「…壁、開いてますよ」

「もうやだ…」

半泣きで首に縋り付く真麻を抱え上げる。すんすんと鼻を鳴らす彼女にオウカは眉を下げた。

「…無理をさせました」

「普通に怖かったんだけど」

「ここまで怯えるとは思いませんでした」

「もう絶対しないで」

「はい」

「…ん」

肩に顔を押し付けて動かなくなった主の頭を撫で、四角く切り取られた壁の向こうへ歩き出した。








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