19


そのまま小一時間ほど静かな時間が過ぎていたが、ごろんと寝返りを打った真麻が部屋の明かりに目を瞬かせながら起き上がった。しばらくぼうっとベッドに腰かけるオウカの背中を見ていたが、ようやく頭が起きたのか目に光が宿る。
コンコンと咳払いをして、オウカに話しかけた。

「…みんなは?」

「買い出しです。主人が眠ってしまってやることがなくなりましたから」

「…怒ってる?」

「いえ。ただ、読書の邪魔はしないで下さい」

「あっはい」

こちらを見向きもしない僕に肩を竦めて、真麻はベッドから降りる。視界の端で揺れたボールに、いつもの2人はいるのかと確認して洗面所に向かう。
ぺたぺた、裸足である。

「…靴は?」

「面倒臭い。なくても困らない」

「…そうですか」

ベッドの側に脱ぎ捨てられた赤い靴を確認してオウカは読書に戻る。
洗面所に真麻が消えて、水音が聞こえてきた。寝起きの顔を洗っているんだろう。
しばらくして長い黒髪を1つに結った真麻が洗面所から出てきた。そのまま今度はキッチンへと向かう。
冷蔵庫を漁りながら、振り返らずにオウカに問う。

「何か食べたいものあるー?」

「…特には」

「なんだつまんねー。せっかく私が何か作ろうかと…お、小麦粉発見!」

ガサガサと楽しそうに冷蔵庫を漁る真麻は2種類の小麦粉を見つける。
薄力粉に強力粉、ケーキとパンの材料だ。

「バターにふくらし粉…ベーキングパウダーだね、あと玉子…ふむふむ」

「前回俺とキリカが使った残りですね」

「ふむ…」

じっとオウカを見ながら真麻は腕を組む。それにちらと視線をやり、オウカは本のページを捲る。
しばらくしてから真麻がポンと手を叩いた。

「そうだ、ポフィンを作ろう」

「…ポフィン、ですか」

「そう!ポフィンは、要はマフィンのポケモンでも食えるやーつだから、今ある材料でできるよ!」

今度はカバンから砂糖と塩を取り出し、木の実ケースも引っ張り出す。それをキッチンに並べてスプーンを引っ掴んだ。
まずはオーブンのスイッチを入れ、次にボウルに薄力粉を全て逆さに、強力粉は薄力粉の半分くらいを入れてザクザク混ぜ始めた。砂糖と塩も目分量でスプーンでザクザク投下する。
最後に何種類かの木の実の粉を投下。

「…いくつ作るんです?」

「てきとーにいっぱい!」

「…」

元々真麻は目分量でたくさん作る。むしろ少量で作れない。何か料理を作る時はたくさんなのである。
オウカが手伝おうか迷っている間にバターを10〜20秒レンジでチン。時間がない時の瞬間解凍技術だ。
バターと玉子を混ぜる。ふわっとしたら別の大きなボウルにざっくり粉3分の1、玉子2分の1を入れて混ぜる。ある程度混ざったら粉を追加、玉子を追加、最後に粉を全て入れてやはり適当に混ぜる。
鼻歌でザクザクやる真麻を見て、オウカは小さく溜め息を溢した。今更止めるのは無理そうだと判断する。
しばらくザクザクやった真麻は、カバンから可愛らしい丸型の型を取り出す。拳大のそれにスプーンで生地を流し込む。最後に形の残っている木の実を上に散らしてオーブンに入れた。

「あとは焼くだけ!」

パタンと扉を閉めて、真麻は使った器具を片付け始めた。それにオウカは袖を捲り、手伝う。きょとんとオウカを見上げた真麻はにっこりと笑った。

「オウカちゃんありがとー!」

「いえ。…焼けたら俺にもくれますか?」
「お、食べたい?食べたい?
オウカちゃん、私が作ったポフィン好きだもんね〜!!
仕方ないからオウカちゃんにもあげるよ〜!!」

「…ありがとうございます」

一瞬イラッとしたが頭を下げる。それより大量に…手持ちや真麻を含めても消化できるかわからない量のポフィンをどうするか考える。後先考えずに作りたいだけ作る主に頭を抱えたくなった。

「…ポフィンは結局、いくつになりましたか?」

「え〜と、20個ちょっと!」

思ったより多かった。
リユキが聞けば今頃その小さな頭に拳骨の1つや2つ落とすだろうが、紆余曲折あって真麻の手持ち…しかも最初のポケモンでありパートナーで1軍のリーダーであるオウカは、その経緯により口答えはしても手は出せないので溜め息で対抗する。
パートナーの溜め息を聞き慣れた主は、その意味を正確に汲み取りビクリと肩を跳ねさせた。
おずおずとオウカを見上げる。

「…もしかして作り過ぎ?」

「もしかしなくても作り過ぎでは?まさか気が付いていなかったのですか?」

「…えと、みんないっぱい食べるかなって?」

「疑問系で言わないで下さい」

パートナーにピシャリと言われ、真麻の口から小さく呻き声が洩れる。それでも片付ける手は止めず、洗い終わってから小さくごめんね、と謝った。
それにオウカは片眉を上げる。

「毎度毎度…いい加減学習して下さい」

「うう…善処しますぅ…」

「それは抵抗の意思がある時のみ使うんですよ。貴女のように面倒臭がる人間の使って良い言葉ではありません」

再びピシャリと言い切って、ベッドへと戻る。本を開いて読書を再開したオウカにべーっと舌を出して、真麻もベッドへと戻った。また寝るのかとオウカの眉間にしわが寄るが、真麻はカバンから地図を出して、寝転がって見ているだけだった。地図の劣化具合からしてホウエンのものだろう。

「…次はどこに行きますか?」

「ん?ん〜…ミナモに行こうかな、と」

「ミナモ?」

オウカは昔真麻から聞いた、ホウエンの地理を記憶の片隅から引っ張り出す。キンセツシティ、ヒマワキシティを通った先にある街、ミナモシティ。あるいはカイナシティから出ている船で行ける街だ。

「船で移動ですか?」

「いんや、足で移動かな。一応ライルちゃんにお願いして海からも行けるけど…」

地図をオウカに見せ、指でルートを示す。

「キンセツシティに戻ってこっちを通る。そのままヒマワキシティ、抜けてしばらく野宿かな…そんでミナモシティ。そこで何泊かしたら、他の地方行こうかなって」

「はあ…」

「…まだ行き先決めてないけどね」

へにゃんと笑って地図を畳む。
他の地方…いつも暮らしているカントー地方ではないだろう。そうしたらジョウト地方でもない可能性が高い。では、故郷たるシンオウ地方だろうか。
深々と白が降る故郷を思い出す。どの季節でも雪降る場所のあるシンオウ。故郷ではあるがあまり帰りたがらないその場所への帰郷は、ずいぶんと久しぶりになる。

「…ミナモに向かう途中で決めますか」

「そうするつもり。どこ行こっかな〜」

へらへらと笑う真麻は各地方の地図を広げる。その手元をオウカも覗き込んだ。
真麻は閉じられた本に瞳を瞬かせて、首を傾げる。

「読まないの?」

「…パートナーが共に決めてはいけませんか」

「!えと、そんなことないよ!一緒に決めようね!」

パッと顔を輝かせた真麻がオウカの前にも地図を広げた。嬉々として話し出す真麻に相槌を打ちながら、オウカは瞳を細める。
声に反応して揺れたボールはオウカしか気が付かず、楽しげな声を響かせながらゆっくりと時間が過ぎていった。








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