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ふと、目が覚める。寝起きの霞んだ視界の中は、薄暗い。ちろり、頭を少し動かして窓がある場所を見る。
外は真っ暗だった。カーテン越しでもよくわかる。それから光のある方向に目を向ければ、隣のベッドに影があるのが見えた。
寝起きの掠れた声で誰かと問う。
「だぁれ…?」
「ようやく起きましたか。もうすぐ日付が変わります」
「オウカちゃん…」
こんこん。咳込んで、ゆっくり寝返る。こつん、頭にぶつかったのは赤と白半々のボール。
片手をオウカに伸ばして、すぐにぱたりと降ろす。オウカは嘆息して、その手を取り起き上がらす。
乱れた髪を手櫛で直し、くわりと欠伸をする。それからくん、鼻を動かしてオウカを見上げた。
「なんか、美味しそうな匂いがする…」
「相変わらず鼻がよろしいですね。獣並みでは?」
「なんでそんなに怒ってるの…」
眼鏡をかければ少しはクリアになる視界。その視界に腕組みをしたオウカを見つけて、小さく唸る。それから腹がぐう、と鳴った。
「お腹空いた…」
「そうでしょうね。半日…いえ、1日まともな食事をしなければそうなります」
「だからなんでそんなに怒ってるの…?」
「こちらはかなり心配しましたが?本当に起きてこないものですから、生きているか確認したくらいです」
いつもの冷たい声に、僅かに混ざった怒気。それは長く共にいた手持ちや主しかわからないくらいで。ううむ、唸った真麻はゆっくり息を吐いて、ごめん、謝る。
「みんなご飯は?」
「先にいただきました。どうしますか、このまま眠って朝食べますか?」
「いや…今いただきます」
真麻の答えにオウカは鼻を鳴らす。珍しいその姿にひぇ、真麻は怯えて慌てて顔を洗いに行った。
温かなポトフー。それにキリカ特製の柔らかなパンが添えられ、傍にはリユキが淹れた木の実のお茶が入ったマグカップ。
目の前はとても暖かで美味しそうなのに、その奥に仁王立つオウカとリユキの姿が目に入ってとても怖い。
恐ろしい。
ゆっくりはむはむとパンを咀嚼する真麻に、リユキのお小言が始まる。
曰く、睡眠は適切に取れ。
曰く、食事も適切な時間に食べろ。
曰く、手持ちを心配させるな。
余りにもごもっとも過ぎて真麻は頷くことしかできない。
最後にはすいませんでした。と謝ることしかできなかった。
「リユキちゃん怖いんですけど」
「誰が怖くしてるかわかるか?」
「…それよりオウカちゃんの方が怖いんですけど…」
何も言わずに立ち続けるオウカはとても怖い。2m近くの身長に、薄暗い中じっと立ち続ける姿はとてつもなく怖い。
恐怖だ。
申し訳なさと恐怖で萎縮した真麻は、おずおずとオウカの服を掴む。片眉を上げたオウカは拒絶はしなかったものの、手を差し出したりしなかった。
へにゃ、真麻の表情が崩れる。
「…ごめんね?」
「貴女はいつも謝れば済むと思っていませんか?」
「…あうぅ」
「こちらがどうやっても貴女に甘いのを見越した上で、いつもそうやって」
「…ごめんなさい」
しょんぼり、頭を垂れる真麻にどちらともなく溜め息が漏れる。
結局、主には甘い。
「…もういいから。おかわりは?」
「…ううん、もうお腹いっぱい」
「そうか。パンはキリカお手製だからな、自分で礼を言え」
「キリちゃんありがとー!」
「あっ、いえっ、どういたしまして!」
キッチンからこちらをハラハラとしながら見守っていたキリカは、突然話を振られて少々慌てる。それにも嘆息して、リユキは食器を片付け始めた。
最後にオウカに目配せして。食器を持ってキッチンへと向かう。
オウカは嫌そうな顔をしていた。
「…主人」
「は、はい!」
びくっ、怯える主に溜め息を飲み込んで、オウカは膝を折って目線を合わせる。
紫の瞳を覗き込みながら、静かに頭を垂れた。
「…言い過ぎました」
「へっ?」
「貴女はそこまで考えていないだろうことを考えるべきでした」
「今さりげなく酷いこと言ったよね!?」
「心配をしていたのです。ただ、それだけ。だから、無礼なことを」
「いや、無礼じゃないよ。オウカちゃん達は心配から怒ってるのもわかってるよ。だから、ごめんね」
紫の瞳が弧を描く。笑っているのだと気付いて、オウカは瞳を細めた。
幼い頃の主と、被る。
「これからも迷惑かけるから、先に謝っとくね」
「…俺は」
「もうタイムアップだ、風呂入って寝ろ。いつまでいちゃつく気だ」
パンパン、手を叩くリユキに真麻の視線が向く。
オウカはそれに眉を寄せて、リユキを睨んだ。それを無視して、リユキは真麻に風呂に入るように強く言う。
「風呂入ってから寝ろ。ほら」
「うむぅ、わかったよ」
バッグから服を取り出して、真麻は風呂場へと向かう。その背中を見送って、リユキはオウカを見上げた。
「お前最近あれじゃねぇ?」
「…あれ、とは?」
「んー、なんと言うか、油断してる感じ」
わかるか?
リユキの問いかけにオウカは顔をしかめた。それは心当たりがあるような顔で。
お前らしくない。そう区切ったリユキは、返事を待たずにボールへと帰っていった。
ぽつん、残されたオウカははあ、大きな溜め息と共にボールに消えた。
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