10
暗くなった森の中。時折かさりとする茂みにリユキは金の瞳を向ける。すると、近付こうとした小さな生き物は慌てて逃げ出した。
焚き火に薪を足して、真麻は背凭れに使っているリユキの頭を撫でる。グルグルと喉を鳴らして、リユキは瞳を細めた。
「…カイナシティから歩いてキンセツシティへ…」
地図を開いて真麻は小さく呟く。暗闇に呟きが消えて、真麻は瞬いた。脚を折って自分に身を寄せるリユキに視線をやる。
「リユキちゃん寒くない?」
「グルル」
ぺろり、頬を舐められて心配するなと伝える。ん、真麻は頷いて、布団代わりにしている毛布を肩まで上げた。
何かあった時にすぐ逃げられるように寝袋は使わない。腰に括り付けたベルトから1つ、モンスターボールを手に取る。
「ノエル、出てきて」
暗闇に広がる赤い光。そこから出てきたのはふわり、広がるスカート。闇に溶ける髪を払って、にやついた笑みを浮かべる少女は宙から真麻を見下ろす。
とても見下したように笑って。
「何、マスター」
「炎、途切れないように継ぎ足してて。あと周りの監視」
「いいよ」
「人間殺しちゃダメだよ。マスター命令だ」
「…わかった」
クスッ、笑ったノエルはふわりと闇に溶ける。クスクス、次第に遠ざかる笑い声に嘆息して、おやすみ、とリユキのたてがみに顔をうずめる。
グルル、一鳴きしたリユキは瞳を細めて真麻を見て、それから眠りに付く。すうすう、眠った真麻の寝息に時折薪がはぜてぱちぱちと音を立てた。
一方、久々に自由になったノエルは森の中を浮遊する。その金の瞳には輝く魂が見えていた。
「なぁんだ、ホウエンって全然ないじゃん」
見つけた魂を引き寄せ燃やす。人間だろうがポケモンだろうが関係なく燃やす。
そして、どんなに離れても主の魂の輝きは判別できる。ノエルはあれを燃やすために傍にいるのだ。
と、一瞬気を逸らした瞬間、目の前が翳る。反射的に【シャドーボール】を叩き付けて、相手が【悪の波動】で打ち消してきて初めて、見知った相手だとわかった。
ぐっと曲げた唇を悟られぬようにわざと陽気に笑った。
「ユスラ、どうしたのこんなところで?」
6翼の羽根を広げて影…ユスラはくわりと欠伸をした。その様子から結真の命令だろうと察する。
元々彼は自主的に動くようなポケモンじゃない。
「…帰らなくていいの?それともマスターに会いに来たの?」
ノエルの問いにユスラは首を振った。会いに来た訳ではないらしい。
様子見か、ノエルはそう結論付けて、目の前の眠そうな青年に伝える。
「マスターはリユキが守ってる。ボクは周辺監視だよ」
「…」
コクリ、小さく頷いてユスラはちろ、視線を他へやる。
それを追いかけて、ああ、ノエルは頷く。
「他にもトレーナーがいるね。
少し懐かしい魂を持つ奴を連れた、新米トレーナーが」
マスターが見たらなんて言うかな。
ノエルの呟きはユスラの羽ばたきに消える。空高く飛び立ったユスラを視線で追いかけて、見えなくなってからようやっとユスラが追いかけていた魂を見やる。
どうやら森を抜けたようだ。
「あっちは気付いてるのかな?
まあどちらにしろ危害を加えないなら相手にしないけど」
興味ないし。
ぐいっと伸びてそれからノエルは主の元へと帰る。もうそろそろ火が消えてしまう。そうすれば火に怯えていた虫ポケモン供が近寄ってくる。
手間が増えるのだ。あんな低レベル、すぐに蹴散らせるが数が多くて面倒だ。
今日、日が昇ればとりあえずユスラは報告しよう。結真が心配して遣わしただろうから。
しかし。
あの新米トレーナーはいいだろう、その内出会う。気にいらないあのトレーナーの臭いを纏わせた少女なんて、主にそもさん敵わないのだ。
心配はない。
何かあれば排除すればいいのだから。
クスクス、ノエルはおかしそうに笑って闇に溶けた。
▲