夏と浴衣と掌
「ねぇ、今日の打ち上げ行くよね?」
聞けば夏休みを前にクラスで集まって花火でもして遊ぼうということらしい。
「え、あーどうしようかな……?」
「はい参加!因みに浴衣を着てくること!」
「え……。」
自分で着れないなら俺様のところに持ってきたら良いから。
そう言って佐助は颯爽と去っていった。
(あれ、あいつあんなキャラだったっけ?)
浴衣なんて何年ぶりだろう。
最後に着たのはたしか小学生の頃だったから、かれこれ6年ぐらいだろうか。
こういう機会でない限り自分が進んで浴衣を着ることはないだろうから、せっかくなので便乗する事にしよう。
普段あれだけ女らしさのかけらもない生活を大っぴらにしているだけに多少の気恥ずかしさはあるが、みんな着るとのことなら大丈夫だろう。(まさに日本人思考ってやつなのかな)
とは思ったものの、小学生の頃の浴衣を着れるはずはないし、今の今まで浴衣を着たいなんて言い出したことがなかったから自分の浴衣なるものを持っているはずもなかった。
結局私はこの機会も逃すことにして、待ち合わせをしていた、幼なじみの猿飛宅のチャイムを鳴らした。
「その愕然とした顔をやめてもらえるかな。」
「お前その格好……。」
半袖にジーパンの私とは対照的に佐助は鼠色の浴衣を纏い、いつもは後ろに流されている橙の髪は少し崩されている。
「そんな少ない荷物で浴衣を持ってきたとは思えないし……。……ちょっときなさい。」
ぐいと腕をひかれて彼の家に上がり込む。それからは色々と言いつけられながらあれよあれよという間に私は浴衣を着せられていた。紺地に白の花の咲いた落ち着いた浴衣。
「俺の母さんの浴衣だけど、背丈もちょうどいいみたいだし。」
達成感に満ち溢れた顔で嬉しそうに彼は言った。だからオカンなんて言われるんだよ。
私といえば、目の前の鏡を見てじわじわと恥ずかしさが溢れ出てくる。
「ねえ、私やっぱり……。」
「今更何言ってんの。」
似合ってるよ。凄く。俺様が言うんだから間違いないよ。
面と向かってそんな事を言われてしまって、私はもう何も言えなくなってしまった。
「じゃあ行こうか。」
「……うん。うわっ!」
歩き慣れない、浴衣の小さな歩幅に躓けば、隣の佐助からは押し殺したような笑い声が聞こえた。
特別だぜ、と差し出された右手をとって歩き出す。
じわじわと鳴き続ける蝉の声がやけに頭に響いていた。