夢の檻




人間にあまり良い思い出はなかった。広がる右目の空洞、消えない傷痕。自分が彼らと異なる存在であることは重々承知していたが、それでも自らを囲っていた鉄の理由を理解することはできなかった。






「こら政宗!また髪乾かしてないでしょ!」

バサリと頭の上にタオルが投げられて、ソファに座っていた俺の視界を遮った。ぼんやりとしていた意識を引き寄せて白いタオルを取り去れば、困ったように笑う彼女の姿。

「No problem.」

「だめだって。風邪ひいちゃうよ。」

ガシガシと、少し乱雑に頭を撫でられた。
ハゲるだろ、なんてそんなことを言うのが照れ隠しであることぐらい、きっと彼女は気づいている。
触れられるのは嫌ではない。俺に触れる彼女の手のひらは暖かくて柔らかくて、そしてとても小さかった。






ポタリ。前髪から垂れた水滴にあの日の影が映り込む。
俺が冷たい鉄の檻を逃げ出したのは、春雨の降る肌寒い日。全身を濡らしながら、行き交う大きな車に怯えあてもなく歩いていた。それまでの俺は鉄の檻の外に何があるかなんて知らなかったから。
そんな俺を呼び込んだ手のひらは随分と大きく見えていたのに。今では俺の方が一回りも二回りも大きくなってしまった。出会ったときには彼女の腰ほどまでしかなかった背丈も、いつの間にやら追い越していた。






何倍もの早さで過ぎていく俺の時間は、俺に特別な感情を芽生えさせていたのだけれども、それが叶わないことを如実に表してもいた。






耳の付け根の辺りを指先で擽られれば喉がなった。自らの鼻先を彼女の首筋にこすりつければ、甘い匂いに包まれた。

「どうしたの?今日は甘えたさんだね?」

頭上から降る笑い声に応えることもできなかった。




なあ、俺はあとどれだけあんたと一緒にいられる?




きっと俺は彼女より先に逝くだろう。遺された彼女は泣いてしまうだろうか。それすら嬉しく思う俺がおかしいのだろうか。
いつかその日がくるまではと、今を思って抱きしめた彼女の肩は、自分よりもはるかに小さいものだった。




 夢の檻




ゆっくりと背中に回された、腕。俺はこの腕を、ずっと。




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ほしがりな野獣 様に提出…………したのに手を加えたやつです。



(0903**)




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