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野菜ミサンガ。



あれは俺が、確か初めて京都へ出張に行ったときだから、そうだな・・・今から35年くらい前の話だ。長くなるから楽な姿勢で構わない。
こんな爺の話を聞きたいなんてさすがあいつの孫なのだよ。もの好きめ。


その日はとても暑かった。夏だったか、春だったか、はたまた秋だったか、じっとりとした汗がワイシャツと肌を密着させて不愉快だった。
何をしていたのかは忘れたが、俺にしては珍しく新幹線の時間にギリギリだった。大方ラッキーアイテムの調達だったように思う。もう覚えていない。
新幹線の中はもちろん快適な涼しさで、となりに誰も居なかった。確か思ったよりも混んでいなかったのだよ。

「・・・もしもし高尾です」

そんな声が聞こえた。新幹線はまだ発車していない。女性の声だった。
高尾。
高校生の時に、そんな友人がいた。
舌の上で転がすと思う以上に馴染む、馴染む。3年間呼び続けたその名をきっとこの先忘れないだろう。現に今も覚えているのだから。
そういえばあいつにもおかしな癖があった。
先ほどの女性と同じように、自身の携帯にも関わらず名乗るのだ。律儀に、いつでも。
理由は聞かなかった。だから当時も、その時も今も理由を知らない。少し後悔している・・・ほんの少しだぞ。
後ろにいるのは母娘だった。どちらも綺麗な黒髪だった。またそれも『高尾』を思い出した理由の1つかもしれない。

は?高尾について詳しく?
ただの高校の同級生なのだよ。部活も同じだった。あいつは主将で俺はエースだった・・・いっ今はやらんぞ!
高校卒業してからはお互い忙しく1度も会わなかった。最後に電話したのも『京都に転勤になっちゃった』というような事だった気がする。
これでいいか?続けるぞ。


後ろから
「聞きたくないよっ!」
「あ、まちなさい!」
と、一際目立つ声が響いたと思いきや、すぐ横を1人の女児が走り抜けていった。母親もその後を追うが捕まらなくそのまま前の車両に行ってしまった。
女児と言っても10か11くらいの小学生だ。聞き分けが悪い子でないのは何となくわかった。
母親の電話で、何かがあったのだろう。振り向いた女児の顔に見覚えがあったのはこの際なかったことにして、俺は眠りについた。とにかく眠たかったのだよ。


京都に着く直前に目が覚めた。
するとちょうどいいタイミングで母娘が戻ってきた。どこにいたのかはわからないが、恐らく娘が飛び出して行ってから一度も戻らずじまいだったのだろう。
娘は号泣していた。

「兄ちゃん、兄ちゃん」

うわごとのようにつぶやき続ける娘の手を引いて母親は席を立つ。
そろそろ自分も準備をしようかという時に、俺は娘の口からとんでもないことを聞いた。


「兄ちゃん、ほんとにいないの?和成兄ちゃんは、ほんとに死んじゃったの?」


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