[悪魔なんて怖くない/切原]
「名前ちゃ〜ん、今日部活終わったら一緒に帰ろうぜ〜」
「わっ、赤也くん!ビックリしたぁ。うん、帰ろう」
帰ろうとした私に、後ろから急に肩を組んできたのは切原赤也くん。くにゃくにゃのウェーブがかった黒髪と大きい猫目が特徴的なクラスメートだ。
いや、クラスメートというよりとてもフレンドリーに接してくれる良いお友達だ。
「あっもしかして帰るとこだったか?」
「ううん。これから図書室に行って本でも読もうと思ってたから丁度良かったよ。一人で薄暗い道帰るの、怖いもんね〜」
誘ってくれてありがとう。と言うと、彼はパッと顔を輝かせて意気揚々と部活動に向かっていった。
‥さてと、私は図書室に向かわなきゃ。
行く予定なんて無かったから何の本を読もうか迷ってしまう。
咄嗟に嘘をついてしまった私が悪いのだが、だってあの大きな目で見られると何だか断り辛いし、折角赤也くんが誘ってくれたし。それに‥‥
「よし。‥‥ここからならテニスコートが見える」
私は彼が一生懸命テニスをしている所を見るのが好きなのだ。あとあのジャージ姿。ユニフォームっていいよね。
パコン
軽快な音が外に響き始めた。どうやら部活が始まったらしい。
「あ。」
おかっぱの、柳先輩と目が会った‥‥‥‥気がする。糸目だから良く分からないけど一応会釈をしてみると、なんと会釈で返された。ここ結構遠いと思うんだけどなぁ。なんで見えてるんだろう?
テニス部七不思議その一は置いておいて、赤也くんの姿を探すと‥‥あ、いたいた。
「ほら、早く動けよォ!」
‥‥‥何か赤也くん最近様子がおかしくない?
すこし前から彼はたまにああなるのだ。その発端は苦手なコースばかりを攻められたことだったり、銀髪が目立つ仁王先輩がコート外から茶々を入れたことだったりと様々だけど‥‥
「ヒャハハハハハ!!」
‥‥‥‥‥ああなる。凄いよね。
演劇部もビックリの憑依状態(鬼か悪魔?)に、実際演劇部から声が掛かったけど黒帽子の真田先輩がキエー!とか言って気の力とやらで追い払ったとか。
テニス部七不思議その二も今は置いておこう。
この暴れまわってる光景は普段私が接している赤也くんでは見られない。いつもはあんなに明るいのに、テニスが絡むとこうなるんだもんね。面白いなぁ赤也くん。
「赤く染めてやるぜぇ!」
そういえば、誰かが言ってたけどこの憑依状態の赤也くんは目が真っ赤になっているらしい。‥‥‥‥‥でもここからじゃ見えないなぁ。
「う〜ん。たまには近くに見に行っちゃおうかな!コッソリと!!」
そう決めると、私は読む気の無かった本をパタリと閉じて足早にテニスコートへと向かった。
コッソリと見に行くのには実はワケがある。
過去に何回か見に行く旨を赤也くんに伝えたことがあるのだが、何故かことごとく拒否されているのだ。もちろん今日も彼は去り際に「練習してるとこは見に来ないでほしい」と告げていった。
‥‥まぁ、だから私はいつもこうして図書室からこっそり見ているのだけども。
とにかく赤也くんに見つかったら怒られちゃうかもしれないからコッソリと、遠巻きに、でも噂の赤い目を確認するのが私に課せられたミッションだ。
「むむ、標的確認しました。近づきます!」
じりじりとフェンスに近づいていくと、まぁなんて多くの野次馬さんたち。
図書室の窓からじゃ気が付かなかったけどファンが沢山いるんだなぁ。うちのテニス部って全国区だし、レギュラー陣の皆さんお顔がよろしいもんね。
うむうむと一人納得して人混みの後ろの木の陰に隠れる。
すると‥‥‥‥
「キャー切原くん!つよ〜い!!」
「や〜ん、また柳くんに怒られてるの可愛い〜」
おやおや!赤也くんすごい!すごい人気!!
知らなかったなぁ。モテモテじゃない。
ていうか絶対見に来るなとか言うから応援とか歓声とかが嫌いでもくもくと練習したいタイプなのかと勝手に思ってたんだけれども、どうやらこの騒がれようを見るに違ったようだ。
何で私は頑なに拒否されていたんだろうかともやもやした気持ちで視線を送る。
パコン!
「アンタさぁ、潰れちまえよ!!」
ドガッ!
あ、またなった。今日はポンポン景気よくなるなぁと思ったらお相手は仁王先輩。うーん、納得。
「‥‥‥‥」ヒソヒソ
「‥‥‥っ!」
で、目が赤くなったところで(ウサギみたいにまっかっかだった!)柳先輩が何やら耳元で言うとシュンと元に戻る。なにそれ!
「あ、ほらまた切原くんが怒られてる!」
「何を言われてるのかしら」
ほんとにね。気になりますよね。と心の中でファンの方々に相づちを飛ばした。ていうかこれ、テニスの練習というより憑依モードから戻る練習のように見えるのは私の気のせいだろうか。そして仁王先輩がチラチラ真田先輩に見えたり幸村先輩に見えるのも私の気のせいだろうか。テニスって奥深い。
練習も終わりに差し掛かったとき、赤也くんの様子にまた変化が訪れた。
‥‥いや、すでにヤバい感じには度々なってるんだけどそれを越えているというか人智を越えているというか‥‥‥‥
「何それ」
思わず声が出たのも仕方がない。
ヤバいモードの赤也くんが柳先輩に何かを言われても戻らなかったかと思いきや、皮膚まで赤みがさし髪の毛が白く染まったのだ。
そして雄叫びをあげながら放った一撃。仁王先輩の身体にボールが当たっちゃう!と思いきや、すんでで避けて‥
ガシュ!!
「「キャアアアア!!!」」
まるで弾丸のようにフェンスを突き破ったボールは私が隠れていた木にめり込んで止まった。
そしてファンの皆さんが悲鳴を上げて散り散りに逃げたせいで驚いて尻もちをついた情けない私の姿がさらされてしまう。
「あ‥‥‥‥まずい」
隠れようと思ったつかの間、ものすごい形相でケタケタ笑っていた赤也くんとバッチリ目が合った。
左右と後方を確認するお決まりのボケをしてみるが誰もいない。彼が見ているのは私だ。うわぁすごい目が合ってる。ほんとめちゃくちゃ赤いね!
ばれちゃったものは仕方ないかなぁと一瞬で開き直った私はヒラヒラ手を振ってみるが、彼はピクリとも動かない。
一応今って試合中だよね?と考えた私が次なる作戦(よそ見しちゃダメだよ、がんばれー!とジェスチャーを送る)を実行してみたところで、ポーズはそのままに赤也くんの髪と肌、目の色が戻った。
そして彼は白目を大きく見開いてこちらを見つめたまま、その場に崩れ落ちたのだった。
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「ねぇねぇ、ごめんってば〜」
「‥‥‥‥‥‥」
そして今。
部活上がりの赤也くんと約束通り一緒に帰っているのだが、何回謝っても彼はこうしてツンとそっぽを向いたままで私はとても困っていた。
「そんなに怒らないで‥。ついつい見たくなっちゃったんだよ」
「‥‥‥‥‥‥」
「ほら、赤也くん凄く運動神経いいじゃない?部活動だとどんな感じなのかな〜って」
「‥‥‥‥‥‥」
「うう、ごめん‥‥‥」
何を言っても響かない様子にがっくりと項垂れると、ポツリと小さく一言返事が帰って来た。
「なんで今日なんだよ」
「え??」
思わず聞き返すと、堰を切ったように赤也くんから言葉が流れ出てきた。
「何で‥‥よりにもよって今日なんだよっ!俺、アンタにあれだけ来んなって言ったのに!!」
「ごめんね。赤也くんがテニスしてるとこ、近くで見たくって」
「‥‥‥‥‥‥‥‥驚いたろ?俺、イラついてくるとああなんの。‥‥クソッ、だから、怖がらせたくねぇから特訓してたのに‥‥‥もっとヤベェ感じになっちまって‥‥‥‥‥」
私の反対側を向いている赤也くんの表情は見えないが、ハハ、と乾いた笑い声が聞こえた。
「俺だって本当は見てもらいたかったよ。アンタに応援して貰えたらもっと頑張れそうな気がするし。だから感情を抑える練習なんかしてたんだぜ」
「でも、もう駄目だな。あんな姿見られちゃ。俺のこと怖いよな。わりぃわりぃ、約束なんかしたせいで帰り道一緒になっちまって」
もうアンタには━━━━と、何か続けようとした言葉を遮り、私はキョトンとした顔で呟いた。
「え、別に怖くないよ」
「え???」
赤也くんが驚いてこちらを見る。その目には何故か涙が浮かんでいた。
「え?何で??‥‥見ただろ、俺のプレイ」
「見たよ。ていうか、ごめんだけど結構前から見てたよ、赤也くんのテニス。図書室の窓からだけど」
「へ???」
「あのね、はじめは偶然だったんだけど……図書室のね、はしっこの机に座ると窓からテニスコートが見えるんだよ」
「そ、そう‥‥‥なの?」
「だから、赤也くんが最近なんかすごいことになるの、知ってたし見てたよ」
ふふっと笑って「ああなると赤也くん、もっと強くなるよねぇ。中々暴力的ではあるけど」と続けると、隣を歩く彼は急激にヘナヘナと崩れ落ちた。
「ええ!?何でまた!?‥‥膝でも痛めたの?」
さっきも崩れ落ちたけど髪の毛白くなると膝にダメージでもくるんだろうか?
「痛いの?どうしよう私絆創膏すら持ってないんだけど‥‥‥うわぁ!!」
つられてしゃがみこんだ私はがっしりと丸ごと赤也くんに包み込まれてしまう。
咄嗟のことに判断が追い付かない頭は、初めてこんなに近くで感じる赤也くんの体温にショートした。
「え?え??なに、何、赤也くん!?」
「あ〜〜〜〜〜〜〜!」
「!?」
突然大きな声を出されて更に驚く。
「あ〜〜、焦った!何だよ‥‥!!」
「何が!?あの、赤也くんちょっと恥ずかしいから離して‥‥」
「うるせー。もうちょっとだけ大人しくしてろよ」
「ええ‥!?」
「はぁ〜〜〜〜‥‥‥」
戸惑う私をさらに強く抱き締めて彼は長〜くため息をはいた。
近距離で感じる息づかいに頭から湯気が出そうだ。
「あーあ、もういいや。あのさぁこのまま言わせてもらうけど、俺アンタのために結構頑張ってたんだからな」
「へ、へい」
「俺がテニスするとこ見たい見たいって言ってたから怖がらせねーように特訓したし、暗い道一人で帰ったりして危ない目にあわねーように一緒に帰る約束何回もしたし」
「へい」
「俺、自分で言うのもなんだけどあまり人に合わせるタイプじゃねーの。‥‥部活見てたんなら、分かんだろ?」
「へい‥‥‥」
「アンタは特別なわけ。大体、俺そんな気軽に下の名前で呼ばせねぇもん。‥‥‥‥先輩達は別だけど‥」
「へ、へぇ‥‥‥‥‥」
機能が停止した頭が必死に絞り出す情けない相槌にイラついたのか、赤也くんが眉間に皺を寄せて私を見る。
「…………………」
…………茹でダコのように染まった姿はどうやらお気に召したようで、ニヤリと悪戯に笑った彼は更にギュウと腕に力を込めた。
「う‥‥、ぐ、ぐるじい」
「へへっ!これから毎日一緒に帰ろうな、名前!!」
弾けるような笑顔に、私は真っ赤な顔をうつ向かせて「うん」と小さく返事を返したのだった。
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「そういえば、柳先輩は私が図書室から見てること気づいてたよ」
「マジ!?(名前に嫌われるって特訓けしかけてきたくせに、あの人‥‥‥‥‥)くっそ、やられた」
「柳先輩といえば、特訓してるとき何か囁かれたら赤也くん元に戻ってたよねぇ。魔法の呪文は何だったの?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥内緒」
━魔法の呪文はアンタの名前