この愛は形にできない (ページ1/2)
私は甘い香り漂う台所で、心もふわふわと漂わせていた。
手にはボウルとへらを持って、鼻歌を歌いながらさっくりと混ぜていく。
ほんと、バレンタインに休みが貰えて良かった!
今日はネジも夕方にならないと帰ってこないし。
堂々と台所でケーキが作れる!
ネジがいても堂々と作るけどね。
ネジが、ああ見えて実は甘いものも行けると知ったので、今回はチョコケーキに挑戦している。
形は、ベタにハート型。
普段から料理はしているし、お菓子作りも好きなので、そんなに力まずに作っていく。
もちろん愛情はたくさん詰めているけれど。
生地を型に流し込んで、オーブンレンジに入れて。待つこと十数分。
焼き上がりを告げる電子音に、レンジの蓋を開いてみる。
「……あれ?」
上手く膨らんでいない。
色も汚いし、なんか端の方が焦げている。焦げ臭い。
つまりは、大失敗。
「嘘……」
自慢じゃないが、お菓子はこれまで何回も作っているし、それ程大きな失敗はした事がない。
なのに、失敗。
「ネジ、帰ってきちゃう……!」
……よし、もう一度。
まだ材料は残ってるし!
――しかし。
「なんで膨らまないの……!?」
三度目の正直、とは言うものの、もう一度作る気力が足りない。
私は思わず床にへたり込んでしまった。
「……仕方ない」
今年はクッキーにしよう。チョコチップ入りの。
チョコチップなら、ケーキに混ぜ込もうと思って沢山残ってるから。
「小麦粉、牛乳、バター、卵……卵!?」
さっき使い切ってしまった。
まさに、泣きっ面に蜂。
とりあえず、私は玄関に走った。
「まだ間に合う、まだ間に合う――」
適当な運動靴を突っかけ、玄関の鍵を開けようと、手を伸ばした瞬間。
手が触れるか触れないかのギリギリの所で、ドアが開いた。
「!?」
「じゅな?」
間に、合わなかった。
少し驚いた顔のネジに、私はとりあえず言葉を紡ぐ。
「……おか、えり」
「ただいま……どこかに行くのか?」
「いや……」
そこでネジが少し上を向いて、くんと臭いを嗅いだ。
「何か焼いたか? 甘い匂いがする」
ぽたり。
水分が、頬を転がり落ちるのを感じた。
「お、い、じゅな」
焦ったネジの顔がじわりと歪む。
「っ、」
「泣くな」
あっと思った時にはもう遅い。
私の涙腺は大決壊を起こしていた。
玄関先に突っ立っていたネジは慌てて中に入り、ドアを閉める。
「何があった?」
そっと私を抱き締め、優しくそう囁いてきた。
「きょ、バレンタインっ、だから、っ、ケーキ焼こうとしたっだけど、失敗しちゃ、て」
「分かった……落ち着け」
荷物を脇に置いて、ネジはあやすように私の背中をさする。
「とりあえずリビング行くぞ」
ネジに押されるようにリビングに向かう。
台所に近付けば、漂ってくる焦げた臭い。
「ほら、泣くな」
苦笑してネジが目元を拭ってくれるから、私はなんとか涙を収めた。
「ケーキ失敗したから、クッキー焼こうと思って、でも卵、なくて」
ボロボロの顔をした私に、ネジは笑顔を浮かべた。
「ごめん、ねぇ」
「気にするな。気持ちだけで十分だから」
それに、と続けるネジ。
私の手を取って、指先をペロリと嘗められた。
「お前の方が、」
「!」
指先についていた、チョコと、ココアパウダー。
「こんなものより」
ちゅ、と、唇に温もり。
「甘いけどな」
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