ハツカネズミに恋をする (ページ12/16)
すると、珍しく……、いや、はじめてだ、僕の言葉がはじめて彼女に聞きいれられた。
「ごめんごめん、髪切ってる途中だったんだよね。今すぐ続きやる」
名無子が光に反射した瞳を僕に向けた。
キレイな赤に染まったその瞳はまた僕をドキリとさせて、やっぱりこの人のこの目は好きだと感じた。
世界があんなにキレイで残酷な赤で見えたら羨ましい。
僕の真っ黒な瞳で見る世界はせいぜい墨色に潰れるくらいだから。
名無子は自分の失敗をはにかむような笑みで謝ると、さっと僕の背後へと戻った。
その素直な態度に面食らい、僕のほうも大人しく彼女の手に髪を預けた。
名無子の持つはさみが再び僕の髪の毛を切る。
ジャキッ!
気持ちいいくらい威勢のいい切断音が部屋に響いた。
と同時に背後で漏れる名無子の声。
「あ……」
何かやらかした時に人が発する底なしに情けない一声だ。
僕はとっさに音のした後頭部をビニルの下から慌てて出した左手で押えこむ。
手に触れた髪の毛がそこだけやけに短いのがわかった。
驚いて後ろを振り向くと、どうしたものかと困惑丸出しに名無子が赤毛の前髪をいじりながら笑っていた。
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