ハツカネズミに恋をする (ページ11/16)
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「名無子、あの窓って……」
「あぁ、気持ちいいでしょ、いい風入るよね」
「うん、入ってる。でも……」

言葉の途中で僕の眼前をキレイな黒アゲハがひらひらと通り過ぎていった。
反射的にその飛翔を目で追い、窓から入ってきたんだなと理解していると、すかさず後ろから嬉々とした声が聞こえてきた。

「あッ、チョウチョ!!」

僕の頭越しに名無子の櫛を持った左手が蝶を捕まえようと伸びてきた。
スルリと彼女の手をかわし、チョウチョはキッチンのほうへ逃げていく。
もちろん名無子はそれを追いかけだした。
僕はうんざりと彼女の背に呼びかける。

「名無子、アゲハのことはいいから、僕の髪に集中してよ」
「へぇー、アゲハ蝶っていう種類なんだ? サイくん、昆虫に詳しいね」

赤茶色の目で必死にチョウチョを見つめ、飛びつきながら、名無子は暢気に感心の声をあげた。

だから、そこを言いたかったわけじゃない。
なんて話のわからない、そして、なんて落ち着きのない人なんだ。

僕はもう一度、名無子に告げてみる。

「僕の髪に集中してよ」

今度はより強く一語一語はっきり言った。



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