ハツカネズミに恋をする (ページ7/16)
「え、それはだって昨日アンコさんが……」
「いや、ちょっと待って、私もなんでキミの名前知ってるのよ?!」
「だから昨日アンコさんが……」
「まぁ、いいや、いいや、この際ちいさなことは気にしないでおこう」
質問してきた内容に答えようとしてもそれをちっとも聞いちゃいない。
さすがに僕も少々ムッとした。
しかし名無子はそんな僕の空気さえ完全スルーで、いきなり僕の体の右に回り込み、左に回り込みとせわしなく動いている。
昨日同様、小動物のようなちょこまかした動き。
左右から順番に僕の顔を見上げ終えた名無子は顎に手を置き、赤茶の目を得意げに細めた。
「なるほどぉ。やっぱりちょっと伸びたよね、髪」
伸びたよねって、昨日はじめて会った人に言われる言葉じゃないと思う。
昨日の僕と比べて髪が伸びてるなんて感じるわけないし、だったらいつの僕と比べてるっていうんだろう。
昨日よりも前の僕のことなんか知らないじゃないか。
思わず黙り込んでいると、名無子は僕の腕をパッとつかんだ。
「よし、任せなさい!!」
「は?」
「私が切ってあげる」
「え?!」
話が変な方向に向かってしまった。
僕は慌てて遠慮を申し出る。
「いや、いいよ、僕また後日ここに来るから」
「うち、あっち。近いから大丈夫、気にしないで」
「僕は名無子んちの遠さなんか気にしてないよ」
見事なまでに名無子は人の話を聞いていない。
どうにもこうにも僕はペースを崩されて、しっかりつかまれた名無子の手を振りほどくこともできずにむざむざと彼女の家に連れてこられてしまった。
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