over the dark (ページ2/15)
名無子が出ていった。
自分の持ち物を簡単にまとめ、名無子が部屋から出ていった。
一人残された部屋の中で、俺は茫然と立ち尽くす。
あらん限りの言葉で、懸命に名無子を引きとめた。
でも、そんな俺のへたくそな言葉じゃ、アイツの答えを変えることなんてできなかった。
玄関のとびらがパタンと閉まり、二人で暮らしたこの部屋は、凍えるような静寂と途方もない絶望に包まれる。
その中で、俺はギリッと唇を噛みしめた。
なんだって、こんなことに……。
理由なんて全然わからなかった。
アイツに振られるような、しっかりとした心当たりなんて何もナイ。
そんなんじゃ、これから自分はどうしたらいいのかなんて見当もつかなくて、
名無子……。
俺の脳裏に、大好きなアイツの笑顔が浮かぶ。
どんなに疲れてたって、家に戻ればアイツが明るく笑ってて、俺の体は軽くなった。
めんどくせぇーことも腹の立つことも、なんでもアイツは聞いてくれて、俺を優しく包んでくれた。
名無子はいっつも俺のこと、誰よりも思ってくれてた。
それがわかってるから、ケンカしたって素直に謝れたし、仲直りするたびにもっと愛しくなって、守ってやりたくなって、もうそろそろ本気で結婚しようとさえ思っていたとこなんだ。
それなのに―――。
俺は近くにあったテーブルを殴りつけた。
二人で数え切れないほど一緒に食事をしたテーブルから、ガッと、木材と拳のぶつかる乾いた音が辺りに響いた。
「……ってぇ」
テーブルに拳を押しつけたまま、その痛みに呟く。
でも、本当に痛むのは拳なんかじゃない。
俺の心のほうなんだ。
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