アル・ワールド
ラブレター1 (ページ5/6)

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クマの絵のついたマグカップにブラックコーヒーを淹れ、それを右手に僕はキッチンで名無子の貸してくれた本を開いた。
シンクに寄りかかり、左手に持つ本の字面を追っていく。
途中でコクッと一口コーヒーを飲んだ。

苦……。

僕はカップの中でゆらゆら揺れる暗い影色の液体を眺めた。
いくら読んだところで本の内容は頭に入ってきやしないし、コーヒーを飲んだところでその味はいつもと違って苦さしか訴えてこない。

なんでだろう。

僕はいつもより白と黒のツートンが妙に際立つ部屋の中に意味もなく目を泳がせた。
自分が今までに描いた絵の一つ一つが視界に映り込んで、その中でひと際明るい色彩を訴える絵が僕の目に留まる。
鮮やかなキイロいガーベラの花束とそれを胸に抱えて笑う名無子の絵。
その絵に僕は、あぁ、と思った。

そうか、名無子が笑ってくれないからだ。

僕の前でいつも明るく笑ってくれる名無子が今日はひどく寂しい顔をして去って行った。
きっと僕を占めるこの虚ろな靄は名無子のそんな表情のせいだ。
僕はスッと目を閉じる。
まぶたの裏にはいつも彼女が見せてくれる柔らかな笑顔が描き出されて、僕はその笑顔が無性に見たくなってしまった。

名無子……。

『夕方その人に会いに行ってくる』

帰り際に言ったように彼女は今日の夕方イチヤとかいう男に会いに行くのだろう。
それ自体に僕は何を思うことはない。
けど。
名無子がその男と仲良くなっていろんな話をし合って、そうして、

そうして笑ったら?

僕の体の奥底がズキッと変な痛みの声をあげた。
僕じゃなく、その男に名無子が笑いかけたら。

それはすごく、嫌だな――。

僕は口の中に変に残るコーヒーの苦さをかみ殺し、名無子がずいぶん前に出て行った玄関へと無意識のうちに視線を投げていた。





to be continued.
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