リアル・ワールド
episode.10 (ページ3/4)
黙り込む僕をよそに、
「サイーー? 入ってもいい?」
外から名無子の声がして、遠慮がちに玄関の扉が開いた。
その隙間からヒョコッと名無子が顔をのぞかせる。
部屋にいる僕を見て、
「あぁ、いた」
名無子はおだやかに笑うと、
「お邪魔するよ?」
部屋の中へと足を踏み入れた。
その手には、何が入っているんだか、やけに大きなカバンを抱えてて、そんな名無子の姿に僕の心はふっと掬いあげられた気がした。
名無子――。
名無子はキャンバスの前に立っている僕のそばまで来ると、僕の顔を見上げた。
「どーしたの、サイ?」
「別に。なんでもないよ。さぁ、出発しようか」
気を取り直すように、僕はベッドの上に置いてあるデイパックを取りに行く。
その背中に、
「ねぇ、これ、何の絵?」
名無子がキャンバスをのぞき込みながら、僕に声をかけた。
「すごくキレイなキイロ」
「あぁ、それ」
僕は名無子に視線を向けて、
「花だよ」
デイパックを背負いながら、絵の前にたたずむ名無子に返事を返した。
「花を描いてるんだ」
「花?」
そう、キミの大好きなキイロのガーベラ。
それを描いているんだよ。
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