昼の月
episode.16 (ページ2/2)

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確かにサイは名無子を犠牲にしてまで任務を成し遂げようとはしなかった。
けれど、彼自身の命が危険にさらされ、危ないと理解したとき、とらわれている名無子を助けることなく置き去りにして逃げ去ってしまったのだ。
要するに自分は見捨てられたということだ。
そのくらいの現実、何も思わないはずの自分だった。
なのに、それでも痛い痛いと軋みを訴える自分の泣き声が体の中心の奥深くから轟音のように聞こえてくる。

どうしてこんなにも私は傷ついているんだろう――。

久しぶりに、泣きたい、だなんて、そんなことを名無子は思った。
地に突っ伏し身動きできない名無子の頭上からは、その顔こそ見上げられないが、キリの考えこむような空気が降ってくる。
どうやら部下たちにどう指示をくだそうか、親玉であるキリは思案しているらしい。
しばらくしてその沈黙をキリの割りきった響きの声が崩した。

「逃げられたもんは仕方ないな」
「追いかけますかい、親分?」
「いや、ほうっておけ。所詮は人質をとられて逃げ出すような腰ぬけだ。わざわざ追いかけてまで始末するほどの価値もないだろう。それよりも」

キリが身をかがめ、その足をどけると同時に名無子の蒼白い髪をグイッと掴みあげた。

「コイツを捕縛できたことのほうが大きい」

名無子の髪よりも濃い色合いの蒼い瞳がなんの光も持たずに男の顔に注がれる。
その乾いた水晶体を覗きこんで、キリは遠慮を知らぬ残忍な笑いを浮かべた。





to be continued.
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