Break for
episode.31 (ページ3/4)

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と、そのとき、

「こちらのお部屋でございます」

案内の者の声が鼓膜をふるわせ、俺の思考は中断された。
目をあげれば、歩を止めた女中が手のひらを上にして、ある部屋の雪見障子を指し示している。
目的の部屋に着いたということだ。
俺の意識が一直線に現実へと落ちていく。
逃げ出したいなんてもんじゃなかった。
だが、下側の障子を引き上げた雪見障子は、ガラスをはめた部分越しに、廊下に立つ俺たちの足元を中の者に知らしめている。
俺たちの到着は当然、室内の人間にもわかっているだろう。
しかも、ヒアシ様にいたっては案内された雪見障子を見つめて、既に入室の準備を整えておられるようだし、その奥では案内係の女中も板張りの廊下に両膝をついて、両手を障子戸にかけている。
あと数秒で、破れひとつないこの真っ白な障子戸は廊下と部屋の仕切りという役目を終えるのだ。
これでは到底、逃げることなど叶いはしない。
俺は顔をうつむけた。
こんな苦りきった顔をまっすぐ上げていられるわけがなかった。
女中が室内へ「失礼いたします」と声がけをする。
一拍おいて、彼女は障子戸をためらいなく横に滑らせた。
サッと開いた部屋への入り口。
その中へヒアシ様が足を踏み入れる。
続いて俺も重たい足を強引に進め、部屋の畳を踏みしめた。
足の裏に感じるのはやっぱり痛みにも似た鋭利な冷たさのみだ。
俺の顔はさらに険しさを増し、隠しようがなくなっていく。
しかし、そこはヒアシ様の行動に救われた。
ヒアシ様が入室してすぐ畳の上に正座し、頭を垂れたのだ。
おそらく、遅刻していないとはいえ、お待たせした無礼を詫びるつもりに違いない。



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