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episode.34 (ページ1/2)

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「気をつけて」

そう言って、僕は玄関から名無子を見送った。
閉ざされる扉の向こうに名無子の姿が飲み込まれていく。
パタンと響く扉の音を最後に、僕の視界から名無子は消え、周りにはただ沈黙だけが残された。
目を閉じて、玄関脇の壁にトンと背中を預けると、そのままズリズリと体が落ちていった。
たたきの冷たい石床にだらしない体育座りで座りこみ、膝と一緒に頭を抱えた。
苦しいなんてもんじゃない。
自分のずっと大事にしていた聖域のような部分が、突然踏み荒らされて、跡形もなく消え失せてしまったみたいだ。
何年も大切に思ってきたのに。
失うときはこんなにも一瞬だ。
でも、それを手放したのは他の誰じゃない、この僕自身なんだ。

『それで、いい』

自分の告げた言葉が耳管の中をぐるぐるまわる。
そう、それでいい。
キミは好きな人をただまっすぐ追いかければいい。
たとえそれで僕が振り向いてもらえなくても、僕が好きになった名無子は、きっと、そういうひたむきな人だから。
脳裏に桜の木の下で名無子を抱きしめた自分の姿が立ちのぼり、陽炎みたいにはかなく消えた。



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