With
episode.36 (ページ2/4)
そう思ったら、さすがにかわいそうにもなって、枯れ木集めの際に目にした甘夏を採ってきてやった。
それをアイツは美味しそうに、そうとうな勢いでたいらげてみせた。
『甘夏って結構な大きさよ? お前が5個もいくとは思わなかった』
『え? あ……』
あの時の、顔を真っ赤にして恥じいる名無子の姿は今でも昨日のことのように鮮明に覚えている。
そういえば、と思う。
今日もアイツ、食欲がないみたいだったな。
先ほどまで同じ火を囲んで食事をしていた名無子の様子が目に浮かび、俺は視線を落とした。
手にした獣肉にアイツはほとんど口をつけていなかったはずだ。
俺が冷たく接しているせいだろうか、それとも、これからの任務を考え塞ぎこんでいるのだろうか、思案気な表情で焼いた肉をただ持っているだけ――。
そんなことを思い出したら、なんだかいてもたってもいられない変な衝動に駆られた。
名無子を置いていこうとしてるのに、どこかでそうできない、そうはしたくない自分が確実に存在する。
心を揺らす俺の目に、足元に転がる甘夏の実が映り込む。
もう、無理だった。
俺は目を閉じ、あきらめの息を吐きだした。
瞳を開き、視線を上げる。
ゆっくりと、頭上にみのる丸い橙の実に手を伸ばした。
甘夏をいくつかもぎ取ったあと、元来た道を戻る途中で、俺を探しに来た名無子と出くわした。
泣き出しそうな顔でしがみつかれ、アイツが俺をどれだけ一心に探していたのかは簡単に知れた。
その名無子も今は心安らかに寝入っている。
すやすやと、本当に気持ちよさそうに。
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