take me out
cherry (ぺージ5/6)
名無子の前に寝転がり、その顔を見つめると、離したばかりのアイツの唇がそっと言葉を紡ぎ出す。
「大事にします、このサクラ」
相変わらずひどく嬉しそうな瞳で告げられ、俺の心が沸き立つように膨らんだ。
「いいって、別に大事になんかしねぇーで」
言いながら俺は名無子の顔を覗きこんだ。
「そんくらい来年また俺がとってやる」
来年も、再来年も、この先サクラが咲くたびに。
な? と訊ねた俺の目に名無子が、うん、と頷く姿が映る。
そのはにかむような表情に引き込まれ、アイツの髪を優しく撫でると、名無子が俺を見上げ、幸せそうに笑った。
「やっぱり起きててよかった」
だから、お前は、またそんな――。
不意を打たれた一言に、俺は再び名無子を抱き寄せた。
そして、あぁ、そうか、と思った。
これじゃ上を向けないわけだ。
最近、上を向いて寝転んだ気がしていなかったのは決して気のせいなんかじゃなくて、本当に上を向いていなかったのだと思い知る。
だって俺はお前が横にいるときいつもお前のほうを向いているんだ。
これじゃ上を見れるわけがねぇー。
そのことに気がついて俺の口元がふっと自然にほころんだ。
辺りを春の風が通り過ぎていく。
おだやかな風に揺られながらサクラの花びらが一枚、暖かな日差しの中をクルクルと舞い落ちる。
その薄桃色の小さなハートは抱き合う俺らの体の上にふわりと優しく舞い降りた。
end.
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