雑記・SS | ナノ



柱稽古が始まってからの毎日は散々だ。特に風柱の打ち込み稽古は地獄そのもの。毎日毎日ぶん殴られてばっかりで、俺達の稽古じゃなくてオッサンの打ち込み台になってるだけじゃない?これ。まじでなんなの?死んじゃうよ?そんな日々の中に一筋の光が差した。どこからともなく現れたあの女神。彼女の正体を知る人間は居ないが、どうやらあのオッサンの知り合いらしい。傷ついた俺達の世話をしてくれて、屋敷中を躊躇いなく歩き回るし、どこになにがあるのか全部わかってるし、敬語ではあるものの彼女とオッサンの間は空気が違ってた。オッサンの禍々しい音も彼女の前では幾分か落ち着いてた。

稽古が終わった夜の事、大人数の中に居るとどうしても落ち着いて眠れなかった。ほとんど雑魚寝の部屋から出て外の空気を吸いにいく。あーやだなあ寝て起きたらまた稽古かあ、でもあの人来てからオッサン感情の振り幅小さくなったし、ちょっとはましかなあ…。

不意に音がした。男と女の息づかい。うわあ…まじかよ。随分小さくなって隠れるように交わる音にごく、と唾を飲んだ。最悪、どこのどいつだよこんなとこで。風のオッサンに見つかったら殺されるよ?知らないからね俺。角を曲がった林の奥から聞こえてくる自分にしか聞こえない程度の音にため息をつく。引き返そう、別に見たくもないし、ふざけんなよマジで。足を止めて引こうとしたときだった。

「不死川さっ、…」

…え?

聞き間違う筈がない。昼間優しく声をかけてくる彼女の声。それが熱っぽくなって聞こえた。なに、なに?どういうこと、は…?
気づいたら壁際にしゃがみこんで耳を澄ませて居た。いやいやいや、なにしてんの俺。こんな事してバレたら終わりだって、帰れって。それでも足が張り付いたように動かない。

「あ、…み、見つかっちゃう」

やんわりと拒絶するが、衣擦れの音は止まない。彼女のこらえるような息遣いと、男の音が低く聞こえる。見なくたってわかる男と女のやり取りに息を殺した。ふうふう、と荒くなる呼吸は自分のものか彼らのものか。思春期の男として正常な反応が起きてしまうのは必然だった。細かい音を聞き逃さないように耳を立てれば細部までくっきり露になる情景。後から思えば、こんなことせずにさっさと立ち去ればよかったんだよ、俺は。

「…我妻」

俺にだけ聞こえるように呟いたオッサンの声が聞こえた。
ビクッ!!と体が反応して一目散に逃げた。ヤバイヤバイ、ヤバイ!ばれてた、男は気付いてた。なんで?俺姿見せてないのに、気配も消してた。なんで?なんで?殺される…!


ここまで





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