雑記・SS | ナノ



 泣きたいと思わないんですか?
 どうだろうな。
 泣けなくなってしまったんですか?
 考えた事ねェ。
 泣き方を忘れてしまったんですか?
 ……忘れるかよ。

「泣けない人にはならないで下さい」

 月が白く浮かんで鬱蒼と繁る森を照らしていた。陽光で鬼は死ぬのに何故月光では死なないのだろうと思わせるほどに強く眩しい光だった。
 そこに佇む俺と、もう一つの影。

「……下らねェな」
「本気ですよ」

 チラ、と横目でその顔を伺えば、彼女は真っ直ぐに月を見上げたまま、俺にはその横顔だけを見せつけるように細い髪の房を垂らして立っていた。

「私が泣くの邪魔してるなら離れます」

 そう言って彼女は目を合わせないまま踵を返し、二三歩進んだところで不意に止まる。

「……もしくは、誰か居た方が泣けますかね」
「泣かねェよどっちも」

 半身振り返って眩しそうに俺を見る彼女は、月光でその肌をいつもより白く浮き上がらせていた。
 そもそも何故こんな話になったのか。何故こいつは俺を泣かせたいなどと言うのだろうか。

「不死川さん」

 一度離れたその距離をまた同じように詰めて戻ってくる。そうして俺の手をとったかと思うと、そのまま強く引かれ近くの岩に座らされた。必然的に、俺が彼女を見上げる形になる。

「何、」

 言いかけた瞬間に頭の後ろに腕を回されて小さな体に包まれた。普段俺がしているように、強く押し付けるみたく、ぎゅうと強く抱き締められる。視界が奪われた分、嫌でも他の感覚が鋭くなった。
 すう、と息を吸えば嗅ぎ慣れた彼女の匂いにひどく安堵する。やさしく髪を撫でる手の感触は、母と似ているのだろうか。もう時間が経ちすぎてそんな事は忘れてしまった。

 もしも鬼が居なければ。
 母と、弟や妹達と笑えるような、そんな未来もあったのだろうか。
 否。

「……泣けますか」

 気付けば彼女の腰を包むように腕を回していた。ぐっと引き寄せて、少しの隙間も出来ないほど強く抱き締める。彼女は上から包むように繰り返し俺の頭を撫で続けた。

「泣かねェよ」

 もしも鬼が居なければ。
 お前をこの腕に抱くこともなかった。どちらが良いとか悪いとかの話ではない。ただ単純に俺は今お前に救われているのだと、そう素直に思えた。

「泣けない人にはならないで下さい」
「……下らねェ」

 だけど多分いつか、お前の前でなら。





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