お前に似た花を抱く | ナノ

……ああ、五月蠅いな。

まだ日も上りきらぬ早朝、襖の向こうから聞こえてくる"声"で目を覚ます。
最近はずっとこうだ。彼女が鬼殺隊を馘首され、日輪刀が私の手元に戻ってきたあの日からずっと。

彼女の日輪刀は泣いている。
まるで赤子のような泣き声が隣の部屋からずっと聞こえてくる。むくりと起き上がって溜息を吐き、襖を開け立てかけられた"彼"を手に取った。

「いい加減になさい。お前の事を圧し折って溶かし固め、文鎮に作り変える事など造作もないんですよ」

端から見れば刀に脅しをかけるおかしな男に見えるだろう。笑いたければどうぞ笑うがいい。そう思えるくらい"彼"の泣き声に私は参っていた。しかし私の言葉を解っているのかいないのか、"彼"は全く泣き止む気配はない。

また一つ盛大に溜息を吐いた。当然と言えばそうかも知れない。いくら鍛治と言えど自分の様に刀の声を聞く人間はそうそうは居ないのだ。自分が知る限りでは父だけが声を聞ける人であった。だから日輪刀が自分の声を理解しているかどうかなんて解らない。

今日はもう起きようと決めて刀を元の様に立てかける。彼は彼女の手を離れた日から鍔を紐で縛られ、二度と抜かれぬ様にと閉じ込められて居る。

こうして咽び泣くのも仕方のない事かと思いながらも、その紐を解く気にはなれなかった。この日輪刀は彼女の為に打った私の信念だ。彼女を守るようにと込めた信念を、彼女が居なくなった今どうしても抜く気になれなかった。勿論圧し折るなんて気も毛頭ない。

布団をたたんでいると、まだ朝靄も晴れない内に誰かが戸を叩いた。こんな時間に客人が来る事など予想出来ていなかったので、仕方なく寝間着のまま面だけ付けて戸口へと向かう。

「誰です?」
「俺だ」
「ああ……」

賑やかなのが来たなあと面の内で苦笑しながら、客人の予想が出来なかった事に合点がいった。
彼は本当にいつでも私の予測を外れて行動を起こす人だ。

「おはよう蛍」
「上がるぞ」

戸を開けて迎えてやると挨拶を無視した鋼鐵塚は勝手知ったる他人の家でずかずかと中へ入り込んで行く。
やれやれ一体何用かとその後ろを追いかけると、彼は客間にどかりと座り込んで懐から何かを出すと私に突き付けた。

「何です?」
「食え」

成り立たない会話にまた苦笑する。黙って包みを受け取ると、中には彼の好物であるみたらし団子が入っていた。包みを受け取った私を食い入るように見つめる彼。

「ありがとう。お茶を出すから一緒に、」
「俺はいい、お前が食え。早く」

……今か? とは口に出来なかった。
彼の様子から言って、私が目の前で団子を食うところを見に来たといっても過言ではないらしい。
仕方なく面を外して包みから団子を出して食べると、鋼鐵塚は黙ってそれを見る。

「旨い」
「…そうか」

彼の纏う空気がふっと、解けたような気がした。本当に不器用な男だなあと思う。

「元気付けに来たのか?」
「そんな訳があるか」

ならば他に何か用があるのだろうか? と返事を待ったが彼は何も言わなかった。
結局彼が持ってきた串三本を私が平らげるまで、彼はそこを動かなかった。まさか朝餉が団子になるとは思わなかったが、鋼鐵塚の厚意としてありがたく受け取っておこう。

彼は私が苗字名前の刀だけを打っている事を知っている。そして彼女が馘首になり日輪刀が返された事も。
刀鍛冶の里には鍛治でない者は居られない。
大方今後の事でも聞きに来たのだろう。

「お前、これからどうするんだ」

開口一番、やはり予想通りの言葉が飛んでくる。

「お役御免だよ。私の打った刀を振う方はもう居なくなってしまったからね」
「出て行くのか」

この包み隠さず聞いてくる彼の態度に狼狽える者も少なくはないが、私は彼のこの率直な所が好きだった。

「ああ」

私にはもう彼女以外の誰の刀も打つ気はない。
私の信念は一人の女さえ守る事が出来なかった。そんな人間の打つ刀を持ちたいという酔狂な人間も居ないだろう。

「そうか」

鋼鐵塚は表情を変えずに言って、ふと、不思議そうに襖の方へ眼をやった。

「誰かいるのか?」

彼が見ているのは私が今朝方叱りつけた日輪刀を置いている部屋だ。そこに誰か居るのかと彼は問う。

「……誰もいない」
「泣き声が」

私の答えに被せるように言うと鋼鐵塚は徐に立ち上がり襖をスパンと開ける。慌ててその後ろを追って背中から羽交い絞めにする。

「放せ!」
「この部屋は駄目だ! いくらお前でも……、」

私を振りほどこうと身を捩っていた鋼鐵塚はぴたりとその動きを止めた。それが壁に立てかけてある日輪刀を捉えてだと解り、背中がひやりとする。

「これだ」
「おい!」

待て、と止めようとしたが体格の大きな鋼鐵塚に振り払われ尻餅をつく。彼は私に構わず日輪刀を手に取り紐を解こうとする。ああ、駄目だ駄目だ、抜いてくれるな。その信念はもう死んだ。鬼を斬る事も誰かを守る事も出来ない鈍だ。やめてくれ。
私の気なんて知らない鋼鐵塚はガチガチに止めてあった紐を噛み切って解くと目の前で抜刀した。


泣き声が止んだ。


「おい、これ…」

朝日に反射する刃が部屋の内を照らす。尻餅をついたままの私はその刃を見て言葉がでなかった。
鋼鐵塚は直ぐに納刀して私に日輪刀をつき返すとドタドタ音をたてて戸口を乱暴に開け出て行った。

日輪刀を握ったまま私は言葉を失っていた。
何故だ? 彼女の日輪刀は常盤に成れなかった筈だ。この刃の意味は…?

どれくらいそのままだったのかはわからないが、遠くから足音が聞こえてきてはっとした。戸口の方に目をやるとガタガタと音を立てて息を切らせた鋼鐵塚が部屋の中に倒れ込んで来た。お前、あの階段を下りてまた、登って来たのか。
ぜえぜえ言いながら今取りに行ったであろう刀袋と、もう一本刀の入った別の袋を寄越すと睨むように私を見た。

「風柱の刀だ! 昨日打ち上がった! 持ってけ!」

肩で息をしながら汗を流して私に告げる。
風柱の刀を打っているのは別の者だろうに、何故お前はそれを持って来たんだ。恐らく下で担当の鍛治を恫喝でもして奪い取って来たんだろうが…。

「行け!」

ぐいと胸に突き付けられては受け取るより他なかった。私が刀を受け取ったのを見て鋼鐵塚は深く頷くと、その目の奥にある焔を燃やしていた。

彼は多分私に此処に居てほしいのだろう。
両親すら己を見放し、鉄珍様に預けられた鋼鐵塚の周りに寄り着く人間は少なかった。
ただ私の父は彼の伎倆を認めていたから私に彼の傍に居ろと言い、私たちは今日までお互いに切磋琢磨し刀を打ち続けていた。
それをきっと、断ち切りたくないのだろう。

「……わかった」

こくりと頷いた私に、鋼鐵塚はほんの少しだけ笑って見せた。







名前ちゃんが帰って来なくなった。

部屋にも、呼吸の訓練をしていた山にも、刀匠さん達のお里にも居ない。
一緒に行った甘味屋さんに聞いても、藤の家を訪ねても皆口を揃えて「見ていない」と言う。

まるで神隠しにでもあったかのように、彼女は突然私の傍から居なくなった。
何度も文を飛ばしたのに、鎹鴉は足につけた文をそのまま持って帰ってくる。

ねえ名前ちゃん、どこに居るの?
どうして急に居なくなってしまったの?


「私は必ず鬼殺隊に戻ります」


ねえ帰って来て。寂しいよ。
恋の呼吸を極められなくったって日輪刀の色が変わらなくったって、貴方は鬼殺隊の一員なんだよ。私の"継子"だったんだよ。黙って居なくならないで。

突然広くなったお屋敷が、「お帰り」を言ってくれる人が居なくなった寂しさが辛くて泣きそうになる。
名前を呼んでくれる人が、いつも傍にあった当たり前がなくなってしまった事が、体の一部を失ったみたいに痛くて、苦しくて。

刀鍛冶の里から戻ってからずっと危うげだった彼女が黙っていなくなるなんて、どうしても悪い方にしか考えがいかなかった。
彼女の稽古をつけなくなった伊黒さんには相談できなかった。きっと怒ってるだろうと思ってたから。だけど自分だけじゃどうしようも出来なくて、散々迷ってようやく伊黒さんに文を出した。予想に反して彼は直ぐに来てくれた。事の次第を話したけれど、伊黒さんも思い当たる場所はないと首を振る。

不死川さんなら何か知っているんじゃないかと伊黒さんが言った。

そうかも知れない。
名前ちゃんが何の為に日輪刀の色を取り戻そうとしてたのか、そんなの聞かなくても解ってた。

不死川さんに会いに行ったの?
何か変える事が出来たの?

きっとそうだよね。
だって貴方なら出来るって信じてたもの。

伊黒さんと私は一緒に風柱邸へ向かった。
道中伊黒さんは何だかずっと苛々した様子で、私たちの間にいつものような会話はなかった。多分伊黒さんも心配していたんだと思う。

だけど不死川さんの元にも名前ちゃんは居なかった。

「名前ちゃんは…?」


不死川さんは、名前ちゃんが鬼殺隊を辞めたと言った。


「ふざけるなよ貴様…!」
「伊黒さん!」

突然不死川さんを殴りつけた伊黒さんの腕になんとかしがみつく。殴られた勢いで首を振った不死川さんは覇気のない顔のまま伊黒さんを見下ろした。

「あの娘が自分から鬼殺隊を辞める訳がないだろう! あいつはお前の隣に立つ事だけを信じて刀を振って来たんだぞ! 出鱈目を言うな!」
「……嘘じゃねぇよ」

不死川さんにはまるで鋭気がなかった。いつも大きく開いている目も伏せられて、声まで消え入りにそう小さかった。

「不死川……! 俺にはお前が解らない……! そもそも何故あの娘を破門にした? お前の独り善がりで鬼殺隊を潰すつもりか? あれは風の呼吸の使い手として不足なかった筈だろう! 何故手放した!」

いつも冷静な伊黒さんが声を荒立てて、これではいつもの二人とはまるで逆だ。
不死川さんは突然伊黒さんの隊服を掴んで引き上げた。伊黒さんの腕を掴んでいた私も一緒に引っ張られてしまう強さに「わ、」と声が漏れる。

「そういうてめぇは鬼の斬れない隊士に馬鹿みてぇに入れ込んでたみてぇだなァ……? 鬼殺隊に属してるだけで役に立たねえクズに稽古つける程暇してんのか蛇柱様はよォ!」

ああ駄目駄目駄目!
もう二人ともただの売り言葉に買い言葉だ!

「貴様は柱として足り得んな……! 一度継子として認めたのなら双方どちらかが死ぬまでは解消などあり得ない事だ。それとも何か? お前にはやはりまだ継子を育てるのは荷が重かったか?」

伊黒さんの言葉に青筋を立てた不死川さんはとうとう殴り返した。鎹鴉は羽を広げ「イハン! イハン!」と叫んで飛び回る。
伊黒さんはなんとか足を付くと殴られた所を甲で拭った。

「っ、あの娘とお前はそっくりだな」
「いい加減黙らねぇとぶち殺すぞォ…!」

柱同士の喧嘩とあって渦巻く空気はとてつもなく重い。ああどうしよう、私が止めなくちゃいけないのに、名前ちゃんならきっと二人の間に飛び込んでいくのに、ねえどうして? 本当に鬼殺隊を辞めてしまったの?もう会えないの?

二人がまた拳を向けようとした時、私の後ろから誰かが間に入り込んだ。
まさかと思って目を大きくしたけれど、私が捉えた姿は決して名前ちゃんではなかった。
笠を被って刀袋に入った二本の刀を伊黒さんと不死川さんに向けた男の後ろ姿。

「お取込み中失礼します」

笠を上げると顔には火男の面をしていた。風貌からして刀鍛冶の里の人だ。でもどうして急に?
鍛治さんが間に入った事で伊黒さんと不死川さんの動きは止まった。鍛治さんはゆっくり不死川さんの方を見て、両手の刀袋を下ろした。

「不死川殿。日輪刀が打ち上がりましたのでお持ちしました」

浅く会釈をすると彼は振り返って伊黒さんを見てそれから私を見た。

「蛇柱殿、恋柱殿。申し訳ありませんが、一度お引き取り願えますか」

この人は、どうして平常でいられるのだろう。
まるで柱同士の作り出す重苦しい空気など感じていないような柔らかい口調で諭すように言葉を紡いでいる。
暫く固まっていた伊黒さんは不死川さんを一度睨みつけるとくるりと方向を変えて私の隣で止まった。

「行くぞ」

有無を言わさない声色に黙ってついていく。
伊黒さんの後ろでそっと振り返ってみると、鍛治さんはこちらに向かって深く礼をしていた。





突然現れた男に驚いてかその物腰の柔らかさに当てられてか、喉元まで詰まっていた苛立ちは水を掛けられた火の如く勢いを殺していった。

「お前…」
「鉄池と申します。貴方の担当ではありませんが、お伝えしたい事があって参りました」

見覚えのある風貌。
あの日あいつに力がないと言い残し、信念の弱さをつきつけた火男の面が静謐に俺の目を射貫いていた。

「…あいつはもう居ねェぞ」
「ええ、存じ上げております」

俺の低い声音にもまるで動じず、刀袋を抱いたままの火男は庭先で話を済ませる気がない様子だった。
舌を鳴らし、仕方なく黙って戸口の方へ向かえば男は付いて来る。草履を脱ぎ捨てて適当な部屋で腰を下ろすと、静々と後を付いてきた男は正面に座した。持っていた刀袋を手許に据え面越しに俺を捉えると、ただじっと黒目の奥からその双眸を鈍く光らせる。
生ぬるい沈黙だった。
伝えたい事があるならさっさと言って日輪刀を渡し帰ればいいものを、黙したまま俺を見定めるような様に何とも言えない気色悪さを肌で感じた。

「…そういう事ですか」

突然口を開いた男は盛大な溜息をついた。
うなだれて、少しの間そうしていたかと思うとぬうっと顔を上げてまた俺を見る。
何が「そういう事」なのか俺にはさっぱりだが。

「新しい呼吸を…、全く…そそっかしい…」

ぶつぶつと何かを喋っているのはわかるが、小さすぎて聞こえない。
面が俺を見たままなので何か返した方がいいのかとも思うが聞き取れないので返しようもない。

「…不死川殿。
まずは貴方の日輪刀をお渡しします」

急にはっきりとした声で言って、男は二つある内の一つの刀袋を掴んで寄越した。
受け取った袋には確かに俺の日輪刀が入っていた。袋を剥く様にして中にあったそれを取り出すと、固く巻き直された柄糸を握り刀身を抜いた。刃は元通りに繋がり、切先にあった刃毀れも直されていた。ぐっと握りこめば刀区からじわじわと青漆に色変わりしていく。

ああ、俺の刀はこんなにも容易く色を変えると言うのに、何故あいつの刀は頑なに色を変えなかったのだろう。あれだけの信念を以て刀を振るっても、まだ足りなかったというのか。

切先まで青漆に染まった刀を納刀すると、男はもう一つの袋に手をかけた。
紐を解き中から現れた刀の柄を見た瞬間、案に違わなかったそれに溜息のような「やっぱりな」が口からこぼれかけた。

「…そんなもん今更持って来てどうする」

苗字名前の日輪刀。
色を成さず一つの鬼の頸も斬れなかった刀が、あいつの手を離れた瞬間から時間を止めてその様相を保っていた。

「…この刀ね、もの凄く泣くんですよ」

刀袋を几帳面に畳んだ男が脈絡もなく言葉を放った。俺は面食らい閉口する。
刀が、泣く?

「朝も夜も五月蠅くて寝ていられない。どうしたものかとほとほと困り果てておりました。もうこの刀の持ち主も居ませんし、私には鬼を斬る事が出来ない。そんな時に友人が私が止めるのも聞かずこの刀を抜いたんですよ。そうしたらぴたりと泣き止みまして」

男は徐に刀を差し出した。
俺は眼前に突き付けられる「泣く刀」に未だ理解が追いつかず手を出すことが出来なかった。

「不死川殿。あの子は、新しい呼吸を成したのでしょう」

いつまでも手を出さない俺に向かって横暴に身を乗り出して刀を突きつけてきた男に驚き、思わず両手で「泣く刀」を受け取ってしまった。
男は満足そうに頷きながら身を引き裾を払って座り直す。

「意味は解りますね」

呆気にとられた俺は鞘を握ったまましばらく動けなかった。
ただ一つの思案が一滴の雫が滴るようにして胸の内に波紋を広げていくのを感じていた。

風の適性は緑だ。だがあの時の呼吸はどうだった?風ではなかった筈だろう。
ならば日輪刀も当然、常盤に成るとは言い切れないんじゃないか。

男はじっと待っていた。俺の心が凪ぐのを。

控えめに柄を握ると、俺の日輪刀よりも随分柄が細い事を今更になって知った。
握りなれない刀の感触に容易く蘇る俺よりも小さな体で、小さな手で、刀を振っていたあいつの姿が痛ましくてならない。
意を決して鞘を払った。

現れた銀鼠色の刀身。
鏡面の様に俺を映すその刃。

男は立ち上がり、庭に面していた障子を開き手招きした。刀を携えたまま隣に立てば、庭に視線を遣る男が「日の下へ」と言葉で導く。


縁側の影から出るように腕を突き出すと、刀身が淡く色づいた。

桜の花弁を思わせる淡い色。
あの日風に舞っていた無数の花弁のような。


「――……薄桜です。その色は非常に薄く儚い。
お二人は千年竹林で手合わせをしたのでしょう。あそこでは見えません、周りの色が強すぎる」


俺は刀をかざしたまま動けなかった。

あいつの刀は、色を成していた。
新しい呼吸に呼応するように別の色になって。

だがどうすればいい?

あいつは鬼殺隊を去った。
もうどこに居るかもわからないんだぞ。


「……貴方はどうしたいんですか?」

まるで俺の思考を読むかのような男の言葉に顔を上げる。

「傍に居たいと言われたんでしょう。
いい加減、あの子の望みを叶えてやったらどうですか」


あいつの顔が、声が、鮮明に頭を過る。


「なんで不死川さんが私の事全部、決めるの……?」


仕方ねぇだろ。それだけ大事だったんだ。
一番大切にしたかった。守りたかった。
俺はただお前が鬼なんか居ない所で笑ってくれてりゃそれで良かったのによ。


「私は貴方の為に生きたかった」


俺の傍に居たらお前は傷つくと思った。
だから俺から遠ざけて守ろうとしたのに。


「お傍に居れて幸せでした」


お前は幸せだったのか?
俺なんかの傍に居て生きたいと思ったのか?

散々傷ついただろう。
泣いただろう。

結局俺がお前にしてやれる事なんてなかった。


「はあああああ……もう……。貴方もあの子もどうしてこう……鈍い……面倒くさい……!」

男は突然黙ったままの俺の腕を両手で掴むと、そのまま操り人形のようにして俺が持っていた薄桜の刀を納刀し俺の手からそれを奪い取った。
さっきまでの落ち着き払った動きはどこへいったのか、ずかずかと刀袋を拾い上げ日輪刀を仕舞うと、また俺の方へやって来てその面をずいと近づけてきた。

「行くんですか? 行かないんですか?」

……どこにだよ。

「会いたいのか会いたくないのか!」

胸倉を掴んできそうな男の勢いに圧されて目を見開くと突然男は火男の面を外してその素顔を俺に晒した。端正な顔立ちの男だった。

「同じ男として言わせて貰うが、あんたは鈍すぎる。好いた女の一人くらい自分の手で守れないのか? 傍に居たいと言われたら迎えに行くのが男だろう! ぼやぼやしてたら俺があの子を嫁に貰っちまうぞ! 若くて綺麗な奥さんを娶れば親父の墓前に胸を張って手を合わせられるからな。わかったらさっさとついて来い!」

一息に言ってまた火男の面をすると、男は、鉄池はずかずかと廊下へ出て行った。
俺は呆気にとられたまま動けずに居た。風柱になってからあんな風に啖呵を切られたのは、あの鬼を連れた隊士に次いであいつが二人目だなと筋違いな事を思いながら。


"好いた女の一人くらい"


ああ、馬鹿だ俺は本当に。

今更になって伊黒に殴られた頬が痛んだ。
何故手放したのかと問うた伊黒の顔と、鉄池の顔がどうしてか面白いくらいに重なって見えた。

「不死川殿!」

喧しい声が門の方から聞こえる。
は、と思わず笑いが漏れた。馬鹿みたいだ、本当に。どれだけ回り道すれば済むんだよ俺は。

打ち直した日輪刀を帯革に差し、一つの決心を持って鉄池の後を追った。




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