お前に似た花を抱く | ナノ

俺の青漆がお前の色の無い刀を受け止める。
おい、クソ。冗談じゃねえぞこんなの。

「……隊律違反だ、退け」

ガチガチと音を立てて刃を交えたまま膠着する。

「いいえ、不死川さん。お館様にお許しは得ています。貴方と日輪刀を交える事」

切先を滑らせて一度距離を取る。一振り交えただけでもわかる、お前の太刀筋の変化。
俺の後ろをついて、風を極めようと研鑚していたお前もう居ないのか。

色の無い刃を向けるお前に、嫌でもあの夜の事を思い出す。
鬼気術にかかり、血まみれになったお前の姿。痛みに震え、咆哮し、半年間眠り続けたお前を継子から解消して手放した結果がこれか。

お前は一体何の為にこんな事してる?
何故俺に刃を向けさせる?

「お館様が隊員同士の斬り合いに許可を出す訳ねェだろうが」
「……彼に聞いてください」

竹の柵の上で鎮座し俺たちを見つめるお館様の鴉に視線をやると彼は静かに口を開いた。

「産屋敷は、彼女の意を汲んでいますよ」

一瞬で腸が煮えるような怒りが沸き上がった。

こんな事に何の意味がある。
彼女の意だと?
こんなのはただのお館様に対する反逆だ。お前が俺に勝てないのは目に見えてるだろうが。
浮き上がる青筋。奥歯を痛い程噛みしめて睨みつけたが、お前は表情を変えない。

風が吹く。俺たちの間を通り抜けると、お前は空を仰いだ。

「……あの桜の道を歩いた日の事、覚えてますか」

生ぬるい風が首筋を撫でる。
葉擦れの音が木霊している。


「もし私が鬼になったらどうしますか?」


ああ、これは呪いだ。
忘れられる訳がない。

あの桜の舞う日の事を。
お前の言葉を。

「不死川さん」

ゆっくりと視線が下りてくる。
悲しそうにお前が笑う。

「私、死ぬ時は貴方に切られて死にたい」

……ふざけんじゃねえぞ。お前は人間だろうが。

「――……下らねェ」

一瞬だった。
俺の振り下ろした刃をお前が受け止める。そのまま力でねじ伏せようとする俺の太刀を、滑らせるように躱し反撃を出してくる。

…伊黒か。
相手の力を飲み込むようにして反撃に出る流れは、蛇の呼吸の太刀筋と同じだ。
体を柔く捻って繰り出す斬撃。俺の太刀筋は上手い事矯正されたらしいな。
ひゅ、と息を吸う音。見た事のない構え。

――恋の呼吸 壱ノ型 初恋のわななき

は、と思わず笑いが漏れた。
お館様、貴方のお考えに俺は従いますよ。
だがやはり、あの鬼を連れた隊士と俺の継子に関しては失敗だった。

――風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪

技がぶつかり合い竹林を揺らす。
斬撃の端が肌を掠めて血が舞う。

不毛だよな、こんなの。
こんな事して何になる? お前は何を望む?

俺に斬られる事か。

風の呼吸をぶつけ合うが、俺が教えた俺の型しか使えないお前は当然地面に転がる。追い打ちはかけない。首を斬ろうと思えば斬れるが、絶対に斬ってやらない。

「死にてェならてめェで勝手に死ねや」

ゆら、と立ち上がるお前の目が俺を射抜く。
だがそれは此処に来た時の色とは全く違う色をしていた。

「そんな気、更々ないですよ」

は、と俺の真似をして笑う。その燃える目は煉獄と同じだ。己の信念を貫こうと刃を握り、構える。

『人を守る』

クソ矛盾してんだろうが。
鬼でもない俺を斬ろうとするその刃の意味は何だ? 何の為に俺と日輪刀を交える?

砂利が飛ぶ。さっきよりも早くなった技に俺も速度を上げる。隊服の袖を掠めてまた少し血が舞った。
切っ先が触れ合う時にフッと力が抜ける。ぐにゃりと曲がった太刀筋が掬って弾こうとするが足を引っかけてやると体勢を崩した。が、そのまま手をついてこちらに構え直す。

――恋の呼吸 壱ノ型 初恋のわななき

しなる体に合わせて刀が振られる。
だが甘露寺の呼吸はあいつの日輪刀と筋力があってこそ成り立つものだ。小手先の動きでは俺には通用しない。
後退する名前を追って間合いに入り込み柄頭で鳩尾を打ち込む。既の所で腕が上手く滑りこんで来た。すかさず反対側の腕で隊服を掴み引き上げる。

「てめぇ……一体何考えてる?」

身長差でつま先立ちになるお前は精一杯俺を睨みつけた。

「私は、鬼殺隊に戻ります」

……戯言だ。

「ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ……立派な隊律違反だろうが。お館様が許しても俺がてめぇを認めねェ」

俺は本当に苛立っていた。何故お館様はこんな愚行をお許しになり、こいつは俺に向かって刃を向けるのか。
いい加減諦めろよ。何故そんなにも執着する。
その刃に。鬼殺隊に。

「私の事は、私が決める」

ぐっと掴まれた手首。今まで見たことも無いような瞳に俺が映り込む。

蹴り上げられた足に手を放した。すぐに連撃が飛んでくる。躱しながら速度を上げていく。以前のお前はこれ以上の速さにはついてこられなかった筈なのに。
捻るような太刀筋に苛立つ。伊黒の奴くそ面倒くせぇ動き教え込みやがって。

――風の呼吸 壱ノ型 塵旋風

同じ型で技を相殺する。筋力と肺活量の差で俺の技が名前の技を飲み込みそのまま向かっていく。

――恋の呼吸 伍ノ型 揺らめく恋情・乱れ爪

勢いを失わない風を甘露寺の呼吸の真似事で技ごと斬り落としていく。だがやはり通常の日輪刀の形では全ての範囲を防ぐことは出来なかったらしく、隊服の至る所が裂け再び膝をついていた。

「無駄だ。お前は俺を斬れねェ」

既に満身創痍で息を切らせる名前を見下ろし言い放つ。お前もそれぐらいはわかってる筈だ。

「いえ、斬ります」

片膝をついていたお前はまたゆっくりと立ち上がる。突き立てた日輪刀がぎら、と光った。

「誰にも斬らせません」

また一つ構える。
中身のない会話に嫌気がさした。結局こんな事に意味はない。俺はお前を斬らないし、お前に俺は斬れない。
斬った所で鬼殺隊には何も有益な事などないのに、何故こいつの意思を汲むのですかお館様。

幾度も幾度も刃を交えていく。
その度に速度が上がり、もう気を失わせて終わらせようと何度も手刀を出すが全て躱される。継子に教え込んだ動きがこんな形で返されるなんてな、笑えねぇ。

流石に俺も息が上がって来た。呼吸を使い過ぎだ。いやどう考えてもお前の方が使い過ぎなのに何故倒れない。何故何度も向かって来る。

――風が変わった。
葉の揺れる音が大きくなり、空気が揺れる。
血走った目で刀を振うお前の纏う空気も。

何をしようとしてる?

刃の触れ合う音が何度も木霊する。
ひゅう、と呼吸深める音がした。

来る。

足元から旋風が巻き起こり、天へと向かう。
あまりの風の強さに目が開かない。
足を踏ん張り構えようとしたが、目で捉えられない速さで刀身は突かれた。


―――如月きさらぎの呼吸 壱ノ型 桜風巻さくらしまき




私は不死川さんを守りたかった。

何からだろう。

守られるほど、あの人弱くないのに。


『風柱・不死川実弥様と刀を交えても私の日輪刀が色を成さなければ、隊律違反として私を馘首頂きたく存じます。
二度と鬼殺隊に関わる全ての人・施設・土地に至るまで足を踏み入れ、関わる事はありません』

もう一度彼の隣に立ちたかった。
継子としてではなく、今度は同じ柱として。
その為には、風の呼吸ではいけなかった。
新しい呼吸を成して、新しい柱に成らなければと。

毎日毎日あの日の事だけを考えて刀を振った。

もしも貴方が鬼に成ってしまった時。
私が貴方を救いたかった。だから強くならなければいけなかった。貴方を斬れるくらい。

馬鹿だよね本当に。でもそれが私の信念だから。


「貴方の信念は、私がこの刀に込めた私の信念よりも弱い」


私を守るようにと打たれた刀で私の信念を貫こうと思うのならば、私は不死川さんに勝たなければいけない。
不死川さんこんな事したら怒るよね。真剣を使って本気で来てくださいなんて。
でも日輪刀を使って勝たなきゃ、色を変える事が出来ない。もしそれでも色が変わらないのなら、私は鬼殺隊を去りますから。

それが私の覚悟だから。





それが俺の手の内を知り尽くした相手だとしても、こんな事はあってはいけなかった。
弾け飛んだ刃は弧を描き地面に突き刺さる。
折られた刀を持ったまま呆然と立ち尽くした。

今の呼吸は風じゃない。恋でも、蛇でもないだろう。あんな呼吸は存在しない。少なくとも俺の知る限りでは。

刀を握ったまま倒れ込んでいる名前を見下ろす。俺と奴の周りだけ砂利が吹き飛んで円になっていた。

「…」

何故斬らなかった。
斬ろうと思えば斬れただろう、お前は。
結局俺の刀を折って地面に倒れ込んで、何がしたかった? 何の意味があった?

その色変わりしない刀を携えたままで。

名前に近付き体を返す。意識を朦朧とさせていたが、日輪刀だけは絶対に放そうとしなかった。

「名前」

苦しそうに呻き僅かに瞼を動かす。はあ、と息を吐いて朧気に俺を見上げた。

「何で斬らねェ」
「っ……」

痛めた体を必死に動かして、名前は腕を上げ日輪刀を天にかざした。
相変わらず銀鼠色を纏ったまま、鏡面のような刀身が竹林を映している。皮肉にもそれは嘗てその身が纏っていた「常盤」の色と全く同じだった。

「ああ……!」

肘を折り、目を隠す様にして彼女は泣いた。



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