お前に似た花を抱く | ナノ

心が糸だとするならば、それは酷く細くて脆い。

私達は糸を結び合って心を通わす。糸は絡まり増えていく。心と心を結びあっていく。

糸は張る。己の心が崩れないようにピンと張る。けれども糸は酷く細く、脆い。

もしもそれを全て断ち切ってしまったら。
己の結び目の先を失ってしまったら。

もう二度と戻せないのだろうか。

貴方の糸はもう、結ぶ事は出来ないのだろうか。



――――――…



私の心とは裏腹に、空はすっかり晴れ渡っている。
高く上った太陽と少しの雲は薄く延ばされたみたいに広がって、柱合会議を行うには相応しい日和だった。

私が前回産屋敷邸に来たのは一年以上前の事だ。
風柱の継子として連れられて来る度に変わっていた柱達の顔ぶれは、ここ最近落ち着いているらしい。

甘露寺様の御髪に隠れるようにして邸内を進む。
私の顔はすっかり消沈していた。
私が次に不死川さんに会うときは日輪刀がその色を取り戻してからだと、心の内で決めていたからだ。
それがどういう訳か継子の破門を言い渡されてから、何も成長していないままの私で再会を果たしてしまった。

正直合わせる顔がないのだ。
手放したことを後悔する程の成長を見せられない私には、彼に会う資格がない。

深くため息をついて進んでいく。
会議の行われる庭へ向かう途中、柱合会議に参加できない私はお館様のご息女に連れられて屋敷内に上がり顔合わせの部屋へと向かう為に別れた。
甘露寺さんは私が廊下の奥に消えるまで大きく手を振っていた。同じ敷地内に居るのに、今生の別れのような素振りである。恋柱はいつでも全力だ。やんわりと手を振り返すと、甘露寺様はほっとした顔をした。そうして見えなくなった。

藤の香りに包まれている廊下をしずしずと歩いていく。
目の前を歩くのは小さな女の子の背中であるのに、言い表せない威厳と風格がそこにあった。
これがもし、目の前の少女がお館様であったならば、私は物言えぬ人形と同じになるだろう。それくらいこの産屋敷一族というのは私達と何処か違っていた。

「こちらへどうぞ」

スッと手のひらが指し示した部屋の前へ立つと軽く会釈する。
私は何度かこの継子同士の"顔合わせ"に来ているが、一度も誰かと顔合わせ出来た事はない。
最近は胡蝶様の元に新しく栗花落カナヲさんが継子としてついたらしいが、彼女もなかなか特殊な子らしいので、蝶屋敷で見かける他では関わりがない。
そういう理由もあって、またどうせ一人であろうと私は高を括っていた。
最早この顔合わせの部屋に入るのも慣れたものだ。だが、中へ声をかける事もせずに襖を開いたら、二十畳はあろうかという座敷の隅に一人、青年が座っていた。
固まる私。見つめる青年。

「……失礼します」

本来ならば襖を開く前に言うべき言葉は、本当に失礼してからやっと口をついて出た。
お互いに少しの間目を合わせた後、私が言葉を発したのをきっかけに視線は散らばった。

襖が静かに閉じられる。部屋は異様な空気に包まれていた。
お互いに名前も階級も何処の誰かも知らないままで二人きり。
せめて障子が開かれた向こうに庭でもあれば、もっといえばそこに小さな池があって鹿威しでも鳴っていれば、幾分か空気も軽くなるだろうに。
残念ながら庭に面していないこの部屋は完全に、静寂なのである。

「……」
「……」

座ったまま何も喋らない彼と立ったままの私。
一体何の為に集められたのか。
顔合わせというくらいだからやはり、名前くらい名乗って、呼吸の流派を名乗って、柱への意気込みくらい語らないとまずいのでは。
私はある種の義務感に駆られて先手を打った。
ゆっくりと彼の正面に向かって立つと、すっと足を引いて座り込む。
これだけの広い部屋の中でわざわざ正面に座られた彼は、面食らったように一瞬だけのその視線をこちらに寄越すと、あとは俯いて黙った。

「苗字名前と申します」

指を揃えて座礼する。
こんな風に名を告げて相手に頭を下げるのは、継子の申し入れを時以来だなと懐かしくなった。
ゆっくり顔を上げると彼は少し動揺したような、慣れていない様子で襟元を正すと、不格好な礼で頭を下げた。

「不死川玄弥です」

「不死川……?」

思わず眉を寄せて出てしまった言葉。
本人も何を意図してこの言葉を零したのか察したのだろう。礼から頭をあげても、視線は下を向いたままだった。ああ風柱の、という言葉を何度も言われてきた顔だ。

……よく見れば、似ているかも。

大きな体躯に、鼻にかかった傷。
体から出る威圧は少し劣るが、目尻の上がり具合は切り取って貼ったみたいに同じ形をしていた。

「不死川さんの……お兄さんですか?」
「はっ?」

まじまじと顔を覗き込んで言った私の言葉に素っ頓狂な声が返ってくる。
あれ? 違うの? という言葉は、声に出さずとも顔に出ていたらしい。
お互いに目を瞬かせて首を傾げる。

「……俺は弟です。風柱の方が兄貴です」
「あー成程。体が大きいからてっきり……」

気の抜けた笑いがこぼれると、玄弥くんも笑った。
弟が居たなんて初耳だ。あの人自分の事、全然教えてくれなかったから。

「玄弥くんは風柱の新しい継子ですか?」

幾分か空気が柔らかくなったので尋ねると、玄弥くんの表情は口に笑みを浮かべながらも眉を下げて悲しそうになった。

「……いや、俺は呼吸を使えないんです。だから今は弟子として悲鳴嶼さんとこに居るんです」

そういって日輪刀の柄に手を這わす彼に、自分の姿が重なって仕方なかった。
呼吸を使えない剣士に、刀の色の変わらない剣士が、どうして鬼殺隊最高位の柱について顔合わせなどしているのだろう。

こんなおかしな事は、あってはいけない。

私達より優秀な鬼殺隊士が一体どれだけ居るのだろう。私達よりも鬼殺隊に尽くしている隊員がどれだけ。

その劣等感を、彼はわかっているんだ。

「……ちょっと失礼」

私は少し考えてから立ち上がると二三歩後ろに下がって腰に携えた日輪刀を抜いた。

「いやちょっと何やって……」

玄弥くんは片膝を立てて両手を向け私を制止する。
当然、産屋敷邸内での抜刀なんて見つかったらただ事ではない。しかも屋内の部屋で、鬼殺隊員同士が集まっている部屋でなんて、どんな弁明も聞き入れてもらえないかも知れない。
それでも私は彼に見せたかった。

「色が……」
「私も今、日輪刀の色を失ってる。なんか似てますね、私達」

銀鼠色の刀身をゆっくり納刀する。それから少しだけ柄を撫で、指をそっと離すと腰を下ろした。

「今は、って事は前は色があったんすか」
「あった。私の日輪刀は常盤だった。風の適性」

"風"という言葉に彼はひどく反応した。
目を伏せれば容易く蘇る鮮やかな刀身と、風を切る速さの太刀筋。

「あの、名前さんは兄貴の継子…、あっでもさっき新しいって……」

彼の質問はもっともだ。
風の適性を持った相手との顔合わせ、当然師匠も"風"だと思うのが妥当だろう。

「……今は、恋柱の甘露寺様に弟子入りしてる。風柱の継子は、破門になってしまった」

精一杯感情を伏せて言葉を紡ぐ。だけど己の心の中は抑えきれない感情で溢れていた。
膝の上で拳を握って目を逸らす。

「俺、こんなんでも柱目指してるんです」

少しの沈黙の後、それを破って聞こえた玄弥くんの声は決して悲観などしていなかった。
ゆっくり視線を上げると、不死川さんと同じ目で、だけど彼とは違う優しい瞳で、私の事を捉えていた。

「俺、兄貴に言わなきゃいけない事があるんです。だから、呼吸が使えなくったって死に物狂いで努力して柱にならねぇと。ここで腐ってたって何にもならねぇから」

真っすぐに私を捉える瞳。
決して同じ瞳ではないけれど、玄弥くんの目はやっぱりまるっきりあの人と同じだった。

「……ほんと、似てるわ」

呟くように零れた声は、思ったより震えていた。



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