お前に似た花を抱く | ナノ

「本当にいいのかい?」

これが最後だという声音でお館様が尋ねる。

「はい」

何度も何度も考えてきた。
あいつが目を覚ますまでの半年間、考えない日は無かった。

「苗字名前の継子解消をご承諾頂きたい」

お館様は納得いかない様子で眉を下げている。当然だろう、次期柱として控えている継子は胡蝶の所に居る栗花落カナヲとあいつだけだ。
これは鬼殺隊の存続にすら関わる重要事項。本来ならば俺一人の意見で決められるべき事ではない。

「実弥、君には君の考えがある。勿論、私にも私の考えがある。君の申し入れを宜うにあたって、彼女の処遇は私が決めよう」

「……御意」

本当は辞めさせたかった、鬼殺隊を。
あいつが納得しないのはわかってる。そうなれば俺を恨んで憎んで、自分の存在意義を失って、刀を手放したあいつが"普通"に生きて行くなど不可能という事もわかっているが。
それでも。

「名前の事は蜜璃に任せよう」
「甘露寺、ですか……。何故です?」

お館様はいつものように柔らかく笑った。
甘露寺に預けるという事がどうやらお館様の言う"私の考え"らしいが。

「蜜璃が鬼殺隊に入った理由を知っているかい?」
「いいえ」
「蜜璃はね、自分の居場所をずっと探していた。自分の特異体質を恥じて、"普通"とは違う事に悩んで、本当の自分と求められる自分の懸隔に苦しんできた」

この事はずっと考えていた。考え過ぎて、それが心の内に巣食っているのが当たり前になって、少しずつ心は蝕まれていた。

あいつは俺の傍に居てはいけない。

それが俺の結論だ。
家を飛び出してまで鬼殺隊に入り、あいつが死に物狂いで見つけた風柱の継子という居場所を、俺は今奪おうとしている。

「蜜璃は鬼殺隊に自分の居場所を見つけた。自分が必要とされる喜びも、愛の温かさも残酷さも、彼女はよくわかってる。この件で名前が思い詰めてしまっても、彼女ならそれを解きほぐせるだろうと私は思う」

……あいつは、泣くのだろうか。
お館様の言う通りに思い詰めて、己の不甲斐なさを嘆き、刀を手放すのだろうか。
目を覚まして間もないあいつに破門を突き付けるのは酷だとは思うが、変わらない事実を伝えるのに先延ばしする必要はない。
もしそれで鬼殺隊を去るのであればそれでいい。

「気持ちは変わらないかい?」

真っすぐに、病に侵されて盲いた痛々しい双眸で俺を捉える。

「はい」

「では風柱・不死川実弥の申し入れにより、苗字名前の継子解消を此処に認める」


――……これでいい。


お館様の言葉によって俺たちは正式に繋がりを失った。
後はあいつに伝えてやらなければならない。

柱と継子としての、最後の言葉だ。





「初恋のわななき!」

連日同じ型の練習だけを続けて、やっと少しだけ太刀筋がしなるようになってきた。
もう型の名に恥じらいを感じる事はない。
今の私に必要な技術だから、ただひたすらに孤軍奮闘する。

不死川さんに教えて貰った型の流れは、彼の力があってこそ生きるものだと蛇柱に言われなければ、私はいつまでも同じものに固執し前に進めなかった。
結局あの時は全て蛇柱の言う事が正しかったのだ。
失礼な事を沢山言ってしまったが、今度また遊びに来たら謝ろうと思っている。

最近は毎日毎日飽きもせず道場で型の練習、瞑想、呼吸の常中に励んでいる。たまに甘露寺様について甘味屋で団子を買い、おはぎを見ては顔をしかめたり。夜は任務に連れて行って貰えないから、専ら恋柱邸の家政に勤しんだ。鬼を斬らない私の収入は殆どない。せめて温かいご飯で甘露寺様を迎えたかった。

階級はまだ戻らない。当然、鬼を斬った数が増えない限りは階級が上がる事は無い。
そして日輪刀もまた、色の変わる事はなかった。

私が恋の呼吸を極められない事はわかっている。

風の呼吸も立ち振る舞いも全て、不死川さんに出会う前から育手の元で叩き込まれたもの。
私の日輪刀が風の適性である常盤になったのは彼の継子になる前の話だ。
もしも適性がないのであれば、その時点で日輪刀は違う色になっていた。

私は、風を極めなければならない。
例え不死川さんの元に居なくとも。

「名前ちゃんお疲れ様〜!」

汗だくの隊服の釦を開けて胸元をはためかせていると甘露寺様が入って来た。お疲れ様ですという言葉が口をつく寸前、その後ろに先日ボコボコにやられた蛇柱がひょっこりついて来るのが見えた。

「こ、こんにちは……」

驚いて甘露寺様への挨拶よりも先に蛇柱へ声をかけてしまう。
この前は喋っただけで暴言を吐かれたので黙っていようかと思ったが、せめて罵倒されても挨拶はせねばと会釈しながら言えば蛇柱はジトッとこちらを見ただけでふいと顔を逸らした。

「今日はねえ、行きつけの甘味屋さんに三人で行こうって話してたの! ホラこの間は私達二人でお昼食べに行っちゃったでしょう? 名前ちゃんもここいらで休憩にして一緒に行きましょ!」

頬に両手を添えて楽しそうに笑う甘露寺様。
それは私が行っても大丈夫なやつなのか? と心配になるが、チラッと見た蛇柱はこちらを一切見ようとせず黙ったままだった。なんか今日は大人しいぞ…?

「ご一緒させて頂きます」
「うんうん! 待ってるから準備しておいで!」

キャッと手を叩いてニコニコしている甘露寺さんにこちらまで笑顔になってしまう。
邸内へ戻り、髪を整えて隊服を着替えると急いで部屋を出る。
すると道場に戻る途中に蛇柱が一人で腕組みをして立っていた。

「……来たか」
「あ、すみませんお待たせしました」

若干ドギマギしながら蛇柱に言うと彼はスッと腕組みを解いて私に対峙した。これでは完全に道を塞がれた立ち位置になる。

「お前、まだ鬼殺隊に居座るつもりか」

彼はいつもの顎を上向きにする姿勢で私を見る。だけどその視線に嫌悪や否定の感情は見られなかった。

「はい」

鬼を斬ってこその鬼殺隊。
鬼を斬れない私が此処に居てもいいのだろうか。

そんな葛藤をもう随分繰り返してきた。
だけど私の中に此処を去るという選択肢はどうしても出てこなかった。

「では、決まりだな」

右足を後ろに引いて体の側面を見せるように立った蛇柱。うん? ちょっとよくわからないけど……。

「お前の稽古は俺がつける」
「えっ」

それだけ言ってまたフイと顔を逸らしてさっさと行ってしまう蛇柱。

「待って下さい。どういう事ですか?」

その後ろを追いかけながら尋ねる。隣に並んで先日は断ったじゃないですか、と言いかけたが嫌味に聞こえるかと思ったので止めた。
蛇柱は一瞬だけ私の方を見てすぐに視線を正面へ戻す。

「今鬼殺隊には継子が1人しか居ない。隊の存続を考えれば、お前は継子に戻れずとも元の階級に戻り、柱を目指さねばならん。その為の稽古だ。お前の為じゃない」

捲し立てるようにそう言えば蛇柱は更に早足になる。まだ聞きたい事は沢山あったが、己の意に反して足は段々と速度を失っていく。とうとう止まった所で蛇柱の言葉が頭の中をぐるぐると反芻し出した。

『柱を目指さねばならん』

……いや、何で今まで気づかなかった?私は何かに気付けていたようで結局何もわかってなかったんじゃないのか?

――呼吸の派生だ。
私は前を往く不死川さんばかり見て、常盤ばかりに目を取られて、風の呼吸に拘っていたけれど、風を基礎にした私の呼吸を極める事が出来れば……もしかしたら、また不死川さんと肩を並べられるんじゃないか。

全てがそう都合よく行く筈はないというのはよく解ってる。だけど全然試す価値はある。

握った拳は震えていた。見つけた、私の進む道を。
ゆっくりでいい、一歩ずつでいい。

私はもう一度背中を追いかける。
その背に掲げた信念の文字を。



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