お前に似た花を抱く | ナノ

蛇柱に殴られて頭のぐるぐるが全然治らない私を、甘露寺様が負ぶって屋敷まで運んでくれた。
その後ろを当然の様についてくる蛇柱の禍々しい殺気が背中に刺さる。なんなのこの人?

「伊黒様は何用でここにいらしたんですか?」
「五月蠅い黙れ殺すぞ塵が名を呼ぶな」

し、辛辣〜……。
甘露寺様に応急手当をしてもらい、体中をガーゼと包帯にまみれにされると彼女は一旦席を外した。その間残された私と蛇柱の沈黙が重苦しかったので、世間話でもしようと話しかけたらめちゃくちゃ怒られるし。

「俺は甘露寺に用があって来たんだ。貴様と雑話に耽る時間など微塵もないさっさと消えろ」

最早目線すら合わせてくれなくなった蛇柱に心の中で苦笑いする。この人絶対に、恋の呼吸とか使えんだろうな。

「消えろと言われましても、私此処に住んでますし……」

ヘラっと笑いながら言えば蛇柱は再び血走った目で今度は確実に私の視線を捉え、正面から見下ろしてきた。

「誰が喋っていいと言った?」
「いだだだだ」

ぐわっと頭を掴まれてそのままミシミシと力を籠められれば涙が浮かぶ。意味わからない何この人本当に何この人!
その内にぱっと手を放して大人しく椅子に座ったかと思うと、甘露寺様がお茶を入れて戻って来た。

「伊黒さん来てたなら行ってくださいよ〜びっくりしました」
「いや、甘露寺から聞いていた弟子とやらがどんなものか見たくてな。まあ、見たところ剣士の才覚は感じられないからさっさと鬼殺隊を辞める事だ」
「伊黒さん!」

フンと鼻を鳴らしながら私をじっとりと見つめる蛇柱。これでまた私が何か言うと絶対にミシミシやられるので余計な事は言わないようにと努める。

「名前ちゃんは半年以上前線から退いてたから今は準備期間なんですよ」
「そもそも回復に時間がかかり過ぎだ。柱の控えならばもっと早くに復帰できて当然」

甘露寺様が何を言っても否定、否定、否定。
私の事が嫌いなのに、大好きな甘露寺様が私の事ばかり庇うから面白くないんだろう。
甘露寺様もお手上げのように眉を下げている。
そんな彼女をよそに蛇柱はまた顎を上げて私を見下すように睨みつける。

「お前の太刀筋はまるで駄目だな、不死川の真似事でしかない。それも埴猪口のせいで余計に質が悪い。あんな真一文字な動きは不死川の筋力があってこそ成り立つ。お前には向かん」

最初はお茶を啜りながらハイハイと聞いていたが、でもよく考えればこの人私と刀を交えたのはたったの二振りなのに、ここまで私の太刀筋を読むなんてやはり只者じゃない。

「だからと言って甘露寺の呼吸を極められると思うなよ。甘露寺と不死川の力量は大して変わらん」
「ゴフッ」

呑んでいたお茶が気管に入り込んで咽る。
いや何言ってんだこの人。どう見ても甘露寺様は細腕のやわやわの手弱女でしょうに、あの鬼柱と大して変わらんとはどういう事なのか。

「いずれにせよお前に剣士の道はない。大人しく鬼殺隊を去り今の内に輿入れでもしておけ」

散々喋って満足したのかお茶に口もつけず席を立ち上がる蛇柱。甘露寺様に「行くぞ」とか何とか言っているが、どこに行こうというのか。

輿入れだって?

この人の言葉が辛辣で棘があるのはもう既に承知しているが、今の言葉は聞き捨てならない。
私は端から見れば家族を捨てるようにして家を飛び出した。
鬼を斬る為に日輪刀を握り、鬼殺隊に席を置き、風の呼吸を極める為に風柱の継子として日々鍛錬をしてきた。
それが、その努力が足りていなかったのは今の私を見れば明らかだけど、私は決して鬼殺の道を諦めてはいない。

私の信念は、人を守る事。

今まで救えなかった命はもう戻らないけれど、今生きている命はまだ救うことが出来る。守ることが出来る。
もう私の往く道に、女としての幸せなどありはしないのだ。家族には申し訳が立たないが。
そんな事知る筈もない貴方は平気でそんな事を言うけれど。

勢いよく立ち上がった事で座っていた椅子は大きな音をたてて倒れた。

「じゃあ貴方が稽古をつけて下さい」

一瞬訪れた静寂の崩れぬ内に、真っすぐ蛇柱の視線を捉えて申し入れをする。
蛇柱は当然、目を細めて私を睨みつけ眉を寄せている。

「断る」

そんな返答は百も承知だけど。

「その羽織、今回は貴方に届きませんでしたが次は当たりますよ」

おろおろと私と蛇柱とのやり取りを見ていた甘露寺様は、私が指さした先の彼の羽織が裂けているのを見てはっとこちらを見た。
私の発言はハッタリだ。今回でも一杯一杯だったのを次は当てるなんて、相手に対しても次は本気で来いと言っているようなものだ。そんなのは全然無理に決まってる。

「己の力量も測れない愚か者に付き合ってる暇はないな」

今度こそ蛇柱は甘露寺様を引き連れて離れていく。
甘露寺様はまたおろおろして何度も何度も私を振り返って廊下の奥へ消えた。

一人残された私は椅子を元に戻して真っすぐに道場へと向かう。
どうしてだろう、心の底は煮えたぎっている筈なのに呼吸は酷く落ち着いている。
場内に一礼して入るとまた最初のように中央へ行って座禅を組む。

「お前の太刀筋はまるで駄目だな、不死川の真似事でしかない」

あの人の言う通り、いつまでも不死川さんの太刀筋のままでいては、私は変われない。
私の日輪刀は彼の継子になる前に常盤色に成ったのだから、本来であれば"私の色"を極めなければならないのだ。
私の日輪刀は適性色が"風"であっただけで、決して不死川さんと同じ色の刀ではない。

私には私にできる"風の型"がある筈なんだ。

……お父さん、お母さんごめん。
私鬼殺隊に入って変わった。

家族は大切だよ。今まで通り変わらない。
不甲斐ない娘でごめんっていつも思ってる。

だけど、私また大切なものが出来てしまった。
今はその人の為に強くなりたいと思ってる。

『名前』

いつからだろう、心の中で私を呼ぶ声が両親ではなくて彼に変わったのは。

あの桜の散る川べりで。

「貴方は私が斬りますから」

これが、私の精一杯だったけど。
悔しいけど、認めたくないけど。

立ち上がって、深く吸って、構える。


「――――恋の呼吸、壱ノ型」





「伊黒さん言い過ぎですよやりすぎですよ〜!」

恋柱邸を出てからずっと黙ったままの伊黒さんを追いかけて、昼食を約束していた定食屋さんに向かっている。
本当は名前ちゃんも入れて三人でって話だったのに伊黒さん置いてったわ!酷いわ!

「……あの娘は何故破門になった?」
「え?」

突然ぴたりと歩を止めて私を振り返る伊黒さん。
名前ちゃんについては先日伊黒さんにお手紙で話してあったけれど、書いて伝えた以上の事は知らなかった。

「わからない…。突然お館様に呼び出されたと思ったら、不死川さんの継子を任せたいって言われたの。不死川さんからも特に何も言われなかったし……」
「あいつが甘露寺の呼吸を極めるのは無理だ」

伊黒さんが自分の羽織の裂けたところに視線をやったのを同じように追いかける。

「あの太刀筋は風の呼吸にしか向かん。不死川の元に居れば柱の控えとして妥当だったろうに、何故破門になったんだ。不死川が何を考えているのか俺にはわからない」

伊黒さんの言葉に口がぽかんと開く。
え……? あんなに散々言ってたけど伊黒さん名前ちゃんの事ちゃんと認めてたってこと……?

キュンッ

あ、いけない。

「じゃあ今すぐにでも不死川さんの所に戻った方がいいんじゃ……」
「出来ないな。一度継子を破門になると同じ柱の元には戻れない。次の風柱に変わるまであいつは継子にはなれんよ」

え?

「そ、それじゃあもう名前ちゃんは…」

伊黒さんはそれ以上何も言わなかった。
私には継子がいなかったから、そんな事全然……知らなかった。
本当は少しして体力が戻ったら、名前ちゃんを不死川さんのところ帰そうと思ってたのに。

お館様に呼ばれた日の不死川さんの顔。

『よろしく頼む』

不死川さんはあの一言にどれだけの想いを込めていたの?



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -