お前に似た花を抱く | ナノ

そもそもこの御方の刀というのは特殊なのである。

我々の見知った真っすぐに伸びてやや湾曲する刀身とはまるで違い、腰帯のように長く波打つような形状のそれは常軌を逸した刀匠の里長・鉄珍河原鉄珍様の作り上げた珠玉の一口と言える。
薄く、柔く、そして恋柱・甘露寺蜜璃様の為にと作られた彼女の日輪刀。それを用いての呼吸法「恋の呼吸」を極められるのは畢竟、彼女の他には誰も居ないのである。
ともすれば、誰も私に期待などはしない。
恋柱の継子でもなく、色変わりしない刀を携える私はもう、何者でもなくなってしまったのだ。

「初恋のわななき〜!」
「初恋の……わな、……うっ」

それがどうして、こうなった?

「名前ちゃん! 何を恥ずかしがる事があるの?恋をしている女の子は素敵よ。頑張って!」
「いや……すみません……」

甘露寺様の道場で訓練を初めて早三日。
最初は良かった。刀の色の変わらない私を気遣って、基本的な体力向上の訓練ばかりを行っていたから。
それが何故か今日は二人して木刀を持って、道場の中で呼吸の型の練習をするのである。いや、型云々の前に私は恋の呼吸を使えない。使えないのに、木刀を使って技の名を叫んで型をする。
正直穴があったら入りたい。

「名前ちゃん、初恋よ! あの甘酸っぱい気持ちを思い出すの!」

私にそう言って自分の初恋を思い出されたのか、持っていた木刀を振り回してキャー! と叫んで赤面する甘露寺様を素直に凄い人だと思う。

初恋……なんて、可愛らしいものが私にあっただろうか。昔に思いを馳せても、それらしい記憶は出てこない。子供の頃の、私。

私の住んでいた町には藤の家紋の家がなかった。
年号が変わり都が洋装に様変わりしていく中で、その波紋が伝わるのがめっぽう遅い小さな田舎町に私は生まれた。

そんな町の中でまず最初に私の友人が鬼に殺された。その家族も殺された。
襲われた日の夜に、藤の家のない町では鬼狩り様が偶然居合わせることも無く、誰も鬼の正体を知らなかった。皆一様に獣の仕業とばかり思っていた。

それからは毎日毎日得体の知れない恐怖に怯える日々。私は悔しくてたまらなかった。
その後四人が鬼に食われた。女子供ばかりが狙われて、私の両親は私を外に出すのを止めた。

そうしてある晩、六人目の女の子が狙われた時に鬼狩り様がやってきた。騒ぎを聞きつけて飛び出した両親の後ろから、私は日輪刀が鬼の頸を斬るのを見た。

私も皆を守りたい。

衝動的だったが、その時の気持ちがあったからこそこうして私は鬼殺隊にいる。
助けられた六人目の子の家が藤の家紋を掲げた事によって、町には鬼狩り様が出入りするようになった。

両親から外出を許された私は、毎日藤の家の前に立っていた。鬼狩り様になる為に。大切な人を、家族を、今度は自分が守れるように。
勿論両親がそんな勝手を許すはずもなく、女のお前が何を言っているのだと猛反対された。

私は守りたかった両親から半ば勘当される形で家を飛び出した。
守りたかった人から縁を切られて、どうやって守るつもりなんだと自分でも呆れてしまう。

鬼殺隊に入ってから両親に送った文に返事がくる事は無かった。だから今、あの町で元気に暮らしているのかどうかはわからない。

それでも私は鬼を斬る。
大切な人を守りたいから。

そう、大切な人を。


――――『……破門だ』


「あああああ! おのれ不死川あぁ!!」
「名前ちゃん!?」

思わず道場にあった打ち込み台に思い切り袈裟斬りをかましてしまう。一発では事足りず、二発、三発、四発お見舞いして最後に突いてやると打ち込み台は後ろにズドンと倒れた。
ぜえぜえ肩で息をする私に、甘露寺様は恐る恐る近づいてくる。

「だ、大丈夫……?」
「すみません。ちょっと、遺恨の念が」

全く気の晴れないまま、完全に作り笑顔で答えると甘露寺様は不思議そうに首を傾げた。

「名前ちゃんの初恋は不死川さんなの?」
「何言ってるんですか甘露寺様、あんな鬼のような人好きになる訳ないじゃないですか。風柱ですって? あははどの口が言うんでしょうね鬼柱ですよ鬼柱。鬼狩りが鬼になっちゃって本当に笑えますよねあはは」

自分の目が据わってるのが嫌でもわかった。甘露寺様が引きつった顔で私を見ている。
正直不死川さんに対してはもう、怒りしかない。
元はと言えば私が悪いのだが、鬼にぼろぼろにされて寝たきりだった継子を、手放した瞬間に抱いてすぐよそにやって、その理由もなしなんてどうなの?私の気持ち考えてくれてます?
そんな私の様を見ていた甘露寺様はハッと閃いた顔をした後に口元を隠してクスクス笑った。

「名前ちゃんに素敵な言葉を教えてあげるわ」

そうして私の横へくると、そっと耳打ちする。

「そういうのはね、嫌よ嫌よも好きのうちって言うのよ」

うふふ、と笑って満足そうに跳ねながら「今日はパンケーキね!」と言って道場を出ていく甘露寺様。私は銅像のように固まったまま動けなくなった。
カアアと顔が真っ赤になるのがわかる。
いや絶対に、違うのに、だって私凄く怒ってるんだぞ。だからこんな風になるのは絶対におかしい。思い出せ、不死川さんに対するあの怒りを。そうだ、あの日の不死川さんは凄く優しくて、熱くて、私の上で何度も何度も……。

「〜っ!」

力なく床に伏せる。いやこれは、恋の型より全然恥ずかしい。
仮にこれが甘露寺様の言う「甘酸っぱい気持ち」だとしたら、私はやはり恋の呼吸を使えない。こんな気持ちを携えながら刀を振るう事は出来ない。
のろのろと起き上がり打ち込み台を元に戻すと、両頬を叩いて甘露寺様の後を追った。





恋の呼吸の型を極めると共に、まずは呼吸を使う為に必要な"愛情精神"を育む為に最近は瞑想の時間を増やした。
道場の真ん中で座禅を組んで深く息を吸い込み集中する。
瞑想は主に両親の顔を思い浮かべた。
元気にしているだろうか。私は家を飛び出してまで叶えたかった鬼殺隊への入隊を無事に果たして、元気にやってる。
先日師範から破門を言い渡されてしまった不甲斐ない私は、家に帰る事も出来ない。
それでも、私は二人の事を忘れたりしていないから。どうか元気でやってくれているといい。

深く集中していると突然、背後からじっとりとした殺気を感じた。
目を開くと手元の木刀を手に取り振り下ろされた攻撃を払う。すぐさま立ち上がって距離を取ると、そこには見た事のない黒髪の男が木刀を持って立っていた。首には何故か白い蛇を撒いていて、私の方を同じようにじっと見つめてチロチロ舌を出している。

「誰だお前は」

びゅ、と切っ先を私に向けて問いかけたのは男の方だった。
否、全然それは私の科白だ。あんた誰だ。どこから入って来た。

私が口を開いて答えるよりも先にグンと距離を詰められ振りかぶる木刀が目の端に映る。何とか受け流そうと構えるより早く、太刀筋がぐにゃりと曲がって脇腹を打たれる。
思わず己の木刀を手放しそうになる痛みに歯を食いしばり、両手をいっぱいに捻って振りかぶったが相手に届くには程遠かった。

「その生ぬるい太刀筋はなんだ。甘露寺の元でそうやって時間を無駄にして何になる。今すぐここから出ていけ」

ピリピリした空気を生む彼に違和感があった。
この空気の圧は普通のそれじゃない。薄皮を一枚被って力を隠し持っているようなそれは、普通の人間には出来ない技だ。隠すような技量がないとそんな風にならないから。

もしかしてこの人柱……?

「私は苗字名前です。貴方こそどちら様ですか」

ずきずきと痛む脇腹を押さえながらきっと睨みつけると、彼は目を大きく開いて木刀をくるりと回した。

「ああ、不死川が破門にした継子か。道理で」

瞬きをした瞬間に彼の姿は消えて、持っていた木刀は一太刀で弾き飛ばされていた。
弧を描きながら飛んでいったそれは道場の隅でけたたましい音を立てて転がった。


「出来の悪い奴だと思った」



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