お前に似た花を抱く | ナノ

「もし私が鬼になったらどうしますか?」

あれは春先のことだったろうか。
休暇を頂いた不死川さんと私は、川べりの桜が舞う中を揃って歩いていた。

「あァ?」

その穏やかな景観に似つかわない表情と空気で私を振り返る師範。
そんな事は問いかける事すら愚問だと言う表情で私を一瞥すると、さっさと前を向いて行ってしまった。
舞い落ちる桜の花弁の向こうに、鬼に対する「殺」の文字が毅然たる覚悟を以てそこに在る。

なんだ、聞かなくてもここにあるじゃないか。

鬼殺隊・風柱として貴方が背負っているもの。
これまで斬って来た幾つもの鬼。
その中にはきっと、救いたくても救えなかった大切な命があったんじゃないですか。

不死川さん。
私、死ぬ時は貴方に斬られて死にたい。

決して口にできない秘め事。
朧げな瞳で、前を往く桜に包まれて消えてしまいそうな背中をいつまでも見つめていた。







血飛沫が舞う。
息つく暇もなく幾つもの技が飛び交い、辺りの木々を抉っていく。
心臓が、肺が、もう限界だ。
本来の操られていない私であったらもうとっくに地面に転がされてる。
それがこんなにも長い時間柱を相手に対峙できるのは、全て血鬼術によって己の箍を外され文字通り命の削り合いというべき死闘を余儀なくされているから。

酷使した腕はもう、使い物にはならないだろう。
顔からは既に血の気が引いて、出血が過剰であるのが一目でわかった。
それでも体は止まらない。
鬼は多分私を使えば不死川さんが油断するとか、私を斬れないとか思ったのだろうけど、そんなのは全然見当違いだ。

この人は私を斬るよ。少しの躊躇いもなく。


――風の呼吸

また一つ景色が吹き飛んだ。山肌を抉る威力のそれは、街中であれば決して使えない技。
何度も斬りかかってくる不死川さんの技を避けながら、次の呼吸を使う体制に入る。
不死川さんが私の日輪刀をその切っ先で下から掬った。体制を崩されて足元がぐらつく。
やっと出来た一瞬の隙。これでもう、私の体は斬られる。
覚悟を決めたその時だ。

「っ!?」

不死川さんの体を後藤さんが後ろから羽交い絞めにした。

あの鬼、この期に及んで後藤さんを……!

後藤さんも足の折れたのなんて全く気遣われない様子で不死川さんをがっしり抑えかかってる。

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

ぼろぼろと涙を流しながら絶望して、隠である貴方が戦える筈ないのにこんな事になってしまって、謝らなきゃいけないのは私の方だ。私が未熟でなければ、この鬼にやられなければ、不死川さんの継子でなければ、こんな事にはならなかったんだよ。

不死川さんが見せた一瞬の隙。私の体は起き上がり、呼吸の構えをする。

ゴフ、と口から血が噴き出た。
ああ、もうこれが最後の技になる。この技を使えば私は、多分。

不死川さんは後藤さんに抑えられながら技の構えをした。でも一瞬見せた隙のせいで呼吸の型が間に合わない。このままでは私に斬られてしまう。

でも次に出そうとしているこの型の構えなら、呼吸を使わなくても私の首を確実に仕留められる。

「首を――……!」

技が出る直前私は叫んだ。
このままいけば不死川さんごと後藤さんまで串刺しにしてしまう。

『人を傷つけてはならない』

私は人を斬らない。今までもこれからも。
鬼殺隊の教えは不死川さんに叩きこまれた。
だから師範、解ってください。

師範に教えを破らせてしまうのは心苦しいけれど、私は今"鬼"と同じなのだから。

だからどうか。

金属のぶつかる激しい音が響き、刃が肉を裂いた。
パタタ、と血飛沫が飛び顔にかかる。

「何で……」

私の刃は不死川さんに衝かれて折れた。
彼は呼吸を使い私の技を相殺するのではなく、刃を折り僅かに残ったそれを体で受け止めた。もしも刀身が全て残っていたら後藤さんも貫いていた刃は不死川さんの肩口を浅く刺して止まった。

どうせ呼吸を使えば息絶える筈だったこの体を、首を、どうして斬ってくれなかったのか。私を斬ればこんな怪我せずに済んだのに。私の刃が神経を貫いていたら不死川さんはもう刀を握れなくなる。
どうして、どうして。

突然掴まれた隊服の合わせ目。じわじわと羽織が赤に染まり、俯いていた不死川さんが顔を上げた。

「やっと捕まえたぞてめぇ……」

ぐっと引き寄せられ背中に腕が回った。
私がこれ以上動けないようにと抱きしめられた腕の力は凄く強くて、不死川さんの胸板に額を押し付けられる。鼻先にまた風柱邸の匂いが強く香った。
彼の優しい心音を聞き、涙が溢れ出る。

私の体が抵抗しないのを確認すると、不死川さんは溜息のような息を吐きだして背中にしがみついている後藤さんの後ろ襟をがっと掴み弧を描いて地面に投げつけた。

「ぐえっ! 俺の扱い酷っ……!」
「お前は死ね」
「ええー……」

後藤さんは地面に大の字になると本日何度目かの涙を流し白目を向いて気を失った。

不死川さんは私を抱きとめたまま辺りの気配を探る。
あの鬼は? 逃げたのか? どこにも気配がない。

「ゲホッ」

不死川さんの腕の中で咳き込むとまた血が吹き出た。
ああ、さっきの呼吸は中途半端な所で不死川さんに刀を折られたから体を使わずに済んだんだ。なんとかまだ生きてる。

ほぅ、と息を吐いた瞬間だった。
まず背中から激痛が走り、両足が痙攣した。
そのまま両目の奥が熱くなり、右腕の感覚がなくなっていく。

鬼の術が解かれた。体に全ての感覚が戻ってくる。

声にならない声で呻いて私は痛みに耐え続けた。
不死川さんは鴉を飛ばし両腕で強く私を抱きしめた。
体の温度がどんどん低くなるのがわかる。
最後に首を反らせて咆哮すると、私は気を失った。





「風柱・不死川実弥様ですか?」

ぽかぽかと日差しのあたたかい日だった。
私は貴方を尋ねに風柱邸に赴いた。

「誰だてめぇはァ」

木刀を持ちながら私を睨む貴方に私はニコニコと微笑み返す。

「継子にしてください」
「はぁ?」

ばっと頭を下げたのを怪訝そうに見下ろす貴方が居る。

「私の日輪刀は常盤に成りました。これは風の呼吸の適性です。私の"育手"もまた風の呼吸を使われる人でした。鬼殺隊に入隊した暁には、風柱の継子になれと仰せつかっております」

がばっと顔を上げて快活に笑う私を怪訝そうに見る貴方は若く、幼い私は貴方すらも内心見下す程に自惚れていた。

「続きは中で話しませんか? 私お茶入れますよ」
「てめぇ図々しいにも程があんだろォ」

そうしてしばらく貴方の元で修行をし、手合わせをしてもらい、貴方の試験に受かって初めて私は継子として認められた。
その時分で既に貴方の実力を知った私は、己が遼東の豕である事を知り貴方を心から尊敬していた。
貴方のようになりたい、貴方の様に強く真っすぐな柱に私もいつか。
それが、こんな気持ちになってしまったのはいつ頃だったろう。

任務から戻った貴方の体に新しい傷が増える度に心が痛くなった。
その背中に己の信念を背負って、いつかそれを貫き通した時二度と帰って来なくなるんじゃないかって。

私は貴方に懸想していた。

絶対に知られてはいけない、生まれてはいけなかった感情。
あの青年に己を貫かれた時、諦められると思っていた。汚れて傷ついた私を貴方が振り払ってくれたら。
でも貴方は私を受け入れて、もう一度同じ道を行くことを許してくれた。


「不死川さん」

桜が散るあの川べりで。
鬼になったらと問うた私を貴方は振り返る。

「貴方は私が斬りますから」

だからどうか、私を置いて行かないで。

不死川さんは下らないとでも言いたげだったけれど、一つ思う所がある顔をして向きを変えると、私の前まで来て手を伸ばした。
最初は叩かれると思ってきゅっと瞑った目は、あまりにも優しく頭を撫でる手つきに驚いてすぐに見開かれた。

「だったらもっと強くなれ」

初めてみた、貴方の笑った顔。

桜が舞い上がる。
まるで私の心を映しているかのように。


不死川さん、私――……





「……泣くな」

目を開けたら辛そうな顔の不死川さんが居た。
あれ?桜は?不死川さん笑ってたのになんで?

「……」

師範、と言おうとした声は音にならなかった。
なんでだろう全身に力が入らないや。あれれ。

スッと目の下を掬い取られる感触。
不死川さんのごつごつした指が目じりをなぞって離れていった。

ああ、なんだか凄く眠い。
師範の前で眠るなんて絶対いけないけれど、どうしてもこの眠気には逆らえなくて、あとでちゃんと謝るから許してくださいと心の中で呟いた。



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