鬼滅の刃短編小説 | ナノ



殴った訳でもない。
怒鳴った訳でもない。
触ってもいないし、無視もしていない。
俺の口数が少ないのは承知している筈だろうに。
それでも泣く。目の前のこの娘は、刀を握り締めて泣く。絶対に泣く。

「…何故泣く」

怒ってない。怒ってないが、そう見えるかも知れない。そんなことはわからない。自分が周りからどう見えているなんて考えた事がないし、考えたとしてもわからない。俺がどんな人間かなんて、俺にしかわからない。俺にもわからない。
ぼろぼろと涙を零したまま何も答えない娘を前にいくつもの思案が浮かんでは消えた。だがどれもこれも自分が勝手に思っている事であって、結局は当人にしかわからない、聞かねばわかる筈がないと早々に結論付けて溜息が出た。これはいけなかった。
目の前で刀を握り締めたままの娘は、溜息を聞いて余計に泣いた。咽ぶような慟哭で、周りなんて見ようともしないで。激しく。

「泣いていたらわからない」

無意識の内に眉が下がり、語尾が弱まる。俺も随分お手上げなのだが、どうやらそれは伝わっていないらしい。苛々しているとでも思ったのだろうか。そんなことは無い。絶対にない。ただお手上げだ。どうして泣いているのかも、どうしたら泣き止むのかも、皆目見当がつかない。
嗚咽で乱れる呼吸に目を細める。ああ、この娘は骨身を削る努力で俺に食らいついている。それがどうして、こんなに泣く必要がある。もっと欣然とするとか、雀躍りするとか他にやることがあるだろう。
年端もいかない娘がどうして刀を握り、鬼を斬り、己を奮い立たせねばならないのか。
俺は男だから不撓不屈の努力を重ねる事は当然だ。鍛錬も努力もどれだけやったって足りない物だ。でもお前は違うんじゃないか。女のお前は、もう十分じゃないのか。どうして己を認めてやらない。称えてやらない。

「鍛錬が苦しいか」

違う、と首を振る。

「刀を握ることが辛いか」

違う。

「俺が怖いか」

違う、違う、違う。

「冨岡さ、」

ひ、ひ、と息を吸い何とか泣き止むように努めているのがどうしようもなく痛々しい。どうにか繋ごうとしている言葉を静かに待つ。食いしばって唇を噛んでいるのを止めてやりたい。

「ごめ、なさい」

止まらない涙を見て絶句する。全く予想していない言葉だったから。全く不要の言葉だったから。

「…何故謝る」

これではさっきと変わらないじゃないか。
何故泣く、何故謝るなんて、言わせてどうする。言葉に出来ないのを俺が拾ってやらないといけないだろう。

「ちゃ、ちゃんと出来なくてごめんなさい」

…やめろ。

「弱くて、ごめんなさい」

もういい。

「臆病で、な、泣き虫で」

――――守られてばかりで。



気付けば娘を抱いていた。肩口にその頭を抱え込んで、頭の後ろに手を添えて、背中を強く抱いていた。娘は刀を握りしめたまま、小さな体を震わせる。
こんな小さな体に、一体お前は何を抱えている。何がお前を責め立てる。お前はよくやってるよ。未熟な俺の後ろをついて歩いて、見えないところで努力して。形だけの柱でも、その後ろを往くのは楽じゃないだろう。口数の少なさを言い訳に褒めてもやれない。何もしてやれない俺の方こそお前に謝らなければならない。

「冨、岡さん」

「すまない」

「どうしてですか」

「…お前はよくやってる」

刀の落ちる鈍い音がした。だらりと下ろされていた両手が俺の羽織を力強く握る。不慣れな手つきで頭を撫でると、また大きな声でわあと泣いた。

「泣くな」

いつか俺は、お前を笑わせてやる事が出来るのだろうか。お前が自分を認められる強さを与えてやることが出来るんだろうか。
否、出来なくともやらねばならない。
俺以外の誰がこの娘の痛みを解ってやれるのか。
いつかお前が日輪刀を手放し、美しい色で爪を塗れるまで。綺麗な簪をさせるようになるまで。女として、人間として普通に生きられるまで。
俺はお前と共に往くよ。



Title:誰も死なない様





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