鬼滅の刃短編小説 | ナノ



 不死川は約束をしない男だった。明朝とか、明日の晩とか、少し先の話でも顔を顰めるほど未来を嫌う男でもあった。でもそれは、この狂った組織に命を捧げる人間なら仕方のないことかも知れない。
 明日また会おう。そう言って帰ってこなかった仲間が何人いただろう。不死川だけでなく、大切な人を失った隊士は山ほどいる。明日は我が身、そう思いながら毎晩刀を振り、尋常では到底敵わない力と対峙し命懸けで朝を迎える。
 人を守ろうなんて高尚な志はいつしか塵のように消えていった。吹けば飛ぶように死んでいく多くの命に何の意味があったのか。そんなことは考えてもわかるはずがなかった。手の甲に彫られた階級は命の重さなのかも知れない。弱いやつは死んでいく。強いやつは生き延びる。そうして強くなるほど延命される。それでも死ぬやつは山ほどいた。目的は果たされるのか、100年も続く戦いに終わりは来るのか。ただ生きるために刀を握った自分には、わかるはずもなかった。

「不死川」

 今日もまた生き延びた。仲間を二人失った。助けられた命だったのか、考えたくなかった。
 朝日を背にして不死川は振り返る。疲れた顔をしていた。体中に飛び散った血が乾いて、茶色に変色していた。それが自分の血か仲間の血か、もうわからないほどになっていた。

「蝶屋敷で手当てしてもらった方がいいよ」

 稀血を使って無茶な戦い方をする不死川は、よく蝶屋敷で手当てを受けている。今日も散々自分を斬って鬼を倒していたが、毎晩あんな戦い方をしてよく死なないものだと思う。感心すらする。だが当然、諸刃の剣である稀血を使うほど体は傷つき、死に近づいていく。だから不死川の体には手当てを受けても消えない跡がそこら中に残っていて、もう斬らないでくれと言いたくなるほど酷い有様だった。
 不死川は私の言葉にちょっと考えた素振りをして、黙って前を向いてしまった。そうするともしないとも判別がつかない顔のまま。

「そのうち死ぬよ」

 黙って歩き始めた背中に声をかけたが、当然何も返ってはこなかった。無茶な戦い方をしていることは本人が一番わかっているはずだ。でも言わずにはいられなかった。
 不死川、本当はもうやめてくれって言いたいよ。自分を斬ることも、命を擲つような生き方も、鬼殺隊にいることも。だけど不死川は、そんなこと言ったら二度と顔を合わせてくれないから。だからせめて死なないと約束をしてほしい。他の命を犠牲にしてでも生き抜いてほしい。でも不死川は約束が嫌いだから、そんな独りよがりな私の望みを叶えてはくれないだろう。

「……また、明日」

 分かれ道になっても背を向けたまま行ってしまう不死川の背中に、聞こえない声でつぶやいた。これは呪いだろうか。死んでいった仲間たちへの侮辱だろうか。そんなことはどうでもいい。
 私は私が生き抜くために、生き抜いて不死川を生かすために、高尚を失った刃で鬼を狩ると決めていた。自分には何もないって顔の不死川と、「また明日を」気兼ねなく言えるようになりたかった。

Title:へそ様





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