鬼滅の刃短編小説 | ナノ



この話の隠と中編のクロスオーバー
※本誌ネタバレがあります



「ってェな」
「あっ。……すみません」

 風柱様が心底不快そうに舌を鳴らす。チラと視線を遣れば、膝をつき彼の腕の傷に包帯を巻いていた継子様が慌てて力を緩めていた。まるで慣れていない手つきに、二人の任務の後処理を行っている周りの隠達はそわそわと視線を向けるが、風柱様が継子様に向ける威圧のせいで誰も声をかける事が出来ない。
 ああでもないこうでもないと巻いては解かれる包帯はすっかり血が染み込んで清潔とは呼べない様になっていた。それでも頑なに腕を出し頑なに巻いては解きを繰り返す二人の姿に、職業病から来る手際の悪さを感じ得ず思わず足がそちらに向く。

「……あの、代わりましょうか」

 ぎょろり。二人が全く同じ様にこちらを振り返ったのに少しだけたじろぐ。特に風柱様の視線は完全に触れる事を拒絶する目だった。けれどもそのまま傷にその包帯を巻く事も、新しい包帯をまた血まみれにする事も頂けない。化膿して感染症になる事を甘く見られては困る。

「ありがとうございます。代わってください」

 予想外の返答に声をかけた私が閉口した。風柱様は彼女の言葉に驚いた顔をして、中途半端に巻かれた包帯を解いていく彼女を睨みつける。

「……おい」
「師範、この有様を見て下さい。これ以上私に期待しても無駄ですよ」
「ふざけてんのかてめぇ」
「ふざけてませんよ」

 また一つ盛大な舌打ちが聞こえた所で継子様は包帯を全て解いて立ち上がった。明け渡された場所に膝をつき鞄から応急道具を取り出す間に、継子様が静かに離れる気配がする。

「名前」
「他の隠の方の補佐をしてきます。終わったら戻りますから」

 まだ何かを言いかけていた風柱様を振り返ることなく彼女の背中は小さくなっていく。風柱様は渋々背中を木へ預けて暫く黙っていたかと思うと、消毒を手に取って構えていた私を見て溜息を吐き、黙って腕を差し出した。

「失礼します」

 消毒を持ちながら傷の具合を確認する。……裂傷だ。出血は多くない。恐らく呼吸で止血が出来ているのだろう。縫う程の深さではないので、消毒と包帯で事足りる。だけど。

「……お前」
「沁みますよ」

 この人はまた鬼に血を与えたのだろう。今度の傷も鬼につけられたそれではなかった。今晩の任務には継子様も居たはずなのに、どうして。
 消毒を含んだ綿が傷口に触れても風柱様は動じる事はなかった。もう痛みになれてしまっているのだろう。ただ黙って手当ての流れを見つめて、私については何も言及もしない。互いに言葉を交わさないまま、私がガーゼを当て包帯を取ろうと体を捻った拍子に隊服の内で小さく鈴の音が鳴った。
 お互いの事は既に認識していた。それでも私達には何の繋がりも存在しない。ただ同じ呪いを受けただけの他人であって、それ以上踏み込む事もしなかった。……出来なかった。

「終わりです。日に一度は清潔な物と取り換えて下さい」

 処置を終えて道具を仕舞う間に、風柱様は立ち上がり私の横を通り過ぎて行った。彼はやはり血の匂いを纏っていて、私から漂う藤の香とは決して相容れる事は無かった。
 静かに後ろを振り返ると、継子様が処置を終えた腕をなぞって何か言葉を交わしている。恐らく、彼女は彼が稀血である事を知らされていないのだろう。そうでなければ、あの行動に対してもっと口を出している筈だ。……否、それとも承知の上で何も言わないのだろうか。

「すみません。私のせいで怪我を……」
「よく見て動け。一人なら死んでたぞ」

 そんな会話が聞こえてきて、どうしてか無性に腹が立った。やっぱり彼女は知らないんだ。彼が稀血であり、それを利用して鬼狩りをしている事、己を顧みていない事、きっと貴女を守るために傷ついているという事。風柱様はどうして彼女に伝えないのか。あくまでも鬼のせいにして、自分が傷をつけている事など誰にも悟らせないで。だけど、そんな風に思うのはきっと私だけなんだ。だって風柱様が彼女を見ている顔は紛れもなく――。

「生きてんならいい」

 やっぱり貴方は、自分の為には生きられないのですね。





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