鬼滅の刃短編小説 | ナノ



人はあまりにもその事実を受け入れたくないと思った時、それを直視できなくなるらしい。

「最悪だよ。何が一番って、理性も知性も手放せない事でさ、ほんと死にたくなる」
「…だったら勝手に死に腐れよ」
「そんな事出来るならとっくにそうしてるよ。わかるだろ、俺の体。御覧の有様」

びちゃっと音を立てて、男の四肢を貫き大木に打ち付けられた無数の刃物から血が滴り落ちる。男は「ぐう」と唸るような声を漏らして首をがっくり落とした。

「…はっ。どこぞの悪趣味な野郎が、俺をここに縛り付けて動けない。ご丁寧に日の当たらない場所に括りつけてさ、日輪刀まで奪われた。喰い殺してやれば、よかったかなあ」

冗談か本気かわからないおどけた表情がぬうと俺を見上げる。口から絶え間なく流れ出る血が、糸をひいて地に落ちていく様を見ていられない。己の胸中に渦巻く絶え間ない不快感が喉元まで込み上げて、口一杯の唾を嚥下した。

「あの野郎、まるっきり人間だったよ。許せねえ」

ぎしりとその身が打ち付けられた大木を軋ませ、男は怒りを露わにする。
…そうか、お前はあいつを見つけたんだな。俺たちが追っている全ての憎しみの元凶、仲間たちの無念を。それなのにお前、そんな風にされちまって、どれほど悔しかった事だろう。何の為にその刃を振って来たのかわからなくなる程、打ちのめされたんじゃないのか。

「俺こんなんだけど、全うにやって来たつもりなんだ。呼吸も死に物狂いで覚えたし階級だって上げてきた。死ぬ事だって怖くなかったんだ、本当だぜ。もうこの世には俺の家族も恋人も居ないから、死んだらやっと報われると思ってたのに、蓋を開けてみりゃ、こんなさあ……あんまりだ」

俺は何も言ってやることが出来なかった。この男の気持ちに寄り添う事など出来る筈がなかった。どう見たってこの有様は、俺がかつて日輪刀を握るまでに鬼にしてきた仕打ちと全く同じなのだ。俺が屠って来た鬼の中にも、この男のように悔い改めたいと願っていた鬼が居たんじゃないのかと思うと男の事を見れなかった。

「俺はもう死んだって極楽に居る家族には会えねえんだ。こんな事ならさっさと死ねば良かったと思うぜ、俺の人生何だったんだよってな。……だけど決めた。俺は地獄の一番深い所であいつを待つよ。あいつの頸をもう一度、今度は地獄で俺が斬るから、だからお前はあいつを地獄に叩き落してくれよな。絶対だ」

はは、と笑いまた血が落ちる。絶え間なく広がり続ける血だまりが気付けば俺の足元まで赤く濡らしていた。足を一歩引き、逸らしたままであった視線を上げると、もう人のものではなくなってしまった縦長の瞳孔が俺の姿を捉えていた。

「頼むよ実弥」

その一言に含まれた意味を理解したくなかった。ただ単純に死を切望する友の言葉として受け取る事など俺には到底できなかった。

「お前は人を喰ってねぇだろ…」

思わず口をついた言葉に俺自身が一番驚いていた。何を、言ってんだ。人を喰っていないから、この男が悪ではないとでも言いたいのか?人を喰わなければ鬼は善良であるとでも?

「お前はほんとに、いいやつだなあ」

困ったように眉を下げた男の瞳は濡れていた。そこに映り込んだ己の顔も情けなく歪んでいた。

「非情になれ、不死川実弥」

――わかってる。

「鬼は悪だよ。ただの一つも許しちゃいけねえ。俺たちの刃が鈍るような存在を、絶対に認めちゃいけねえ」

鞘からゆっくりと現れた緑青が月光に反射して一筋の光に成った。男はそれを見上げて、柔らかく口角を上げて破顔した。

「地獄で待ってるぞ」

くっと喉を反らしたそこへ一閃を引くと、男の頭は呆気なく地に転がった。よほど骨の形がよかったのだろうか、そのまま男の頭は転がって向こうの木の根までいってやっと止まった。男は後ろ頭を俺に向けたまま、灰が舞うような様でその形を崩すと消えた。
納刀し大木へ背を向け歩き出す。ああ、わかってる。もう二度と間違えたりしない。俺たちが何故刀を振うのか。その意味も理由も。全部。

東の空が白み、目を細めて日輪が昇るのを見遣る。
最後に破顔したお前の顔が脳裏にこびりついているのを、陽光を見つめて消し去りたかった。
だけどもしお前の顔を忘れたとしても、俺は多分死ぬまでお前を斬ったこの感触を忘れる事が出来ないのだろうな。



Title:誰も死なない様





×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -