偶然なんかじゃないんです
「今日もにゃーちゃん、可愛かったなあ…!」
「新曲最っ高に可愛かったよね!」
いつもは一人で行くライブだけど、今日は違う。トド松の友達だっていう女の子がうちに遊びに来て、その子がまさかのにゃーちゃんのファンだったという…好きなものを好きなもの同士で好きに語り合えるなんて、なんて最高なんだろう…!しかもこの女の子…るりちゃんは可愛いしいい匂いもするし話しやすいし、アイドル好きなのを気持ち悪がったりしない…ほんと天使みたいな女の子。いや、寧ろ天使、大天使、女神。るりちゃんはその辺の女の子よりもずっと可愛いんだし、もうアイドルになっちゃえばいいのに…!なんて思うくらいだ。
「今度のライブもさ…よかったら一緒に行かない?」
少し眉尻を下げて遠慮気味に誘ってくれたるりちゃんに、僕は「勿論!!」と全力で頷いた。こんな可愛い子と可愛いアイドルを見に行けるなんて幸せすぎる!
最近、幼なじみの女の子がアイドルを目指して活動を始めたということと、その応援をしているという話をるりちゃんに話した。きっとアイドルが好きな子だったら興味があるだろうと思ったんだけど、思ったような反応ではなかった。
「その子もね、とっっても可愛いんだ!」
「へえ…そうなんだぁ」
何故か少し悲しげな表情をするるりちゃん。もしかしたら彼女はにゃーちゃん本命一筋で、他のアイドルには一切靡かなないタイプなのかもしれない。だとしたら気分を害しちゃったかなぁ。
「わたしも、アイドル目指そうかなー」
「えっ!?」
「なんちゃって、うそうそ!」
冗談っぽく笑うるりちゃんは少し恥ずかしそう。僕は思わず彼女の腕を掴み立ち止まった。るりちゃんはくりっとした大きな瞳を数回瞬きする。
「るりちゃん凄く可愛いからアイドルになったら絶対人気出るよ!そしたら僕、応援する!寧ろマネージャーにでもプロデューサーにでもなるよ!」
るりちゃんは冗談で言っただけなのに、僕は鼻息を荒くして勢いでものを言ってしまった。言い終わった後にはっとして掴んだ腕を慌てて離した。
「あっ、ごめん…」
「……でも、やっぱりアイドルはやりたくないな」
だって、と付け足した彼女は僕の顔を覗き込む。
「アイドルは恋愛禁止、でしょ?」
「えっ」
僕はるりちゃんのいう言葉の意味が分からなくて、少し心臓がざわざわとしたこの僕の空っぽな脳みそでぐるぐる思考回路が巡る。多分僕はいま凄く間抜けな顔をしているだろう。
その言葉の意味、言葉の…意味。
僕とるりちゃんの顔の距離が近くなって、さっきまで荒かった鼻息も気付けば無意識に息が止まっていた。
だめだ、変な方向に考えがいってしまう。もしかして、なんて言葉が脳内に浮かんでくるんだ。
「そ、それって」
「チョロ松くんさ、」
僕の言葉を遮るように僕の名前を呼んだ彼女、その瞳から目が逸らせない。天使とか大天使だとか女神だとか思っていたけど
「私が橋本にゃーちゃんを好きになったの、偶然だって本当に思ってる?」
「え…」
そんなんじゃなくて、小悪魔とか若しくは目が合ったら石にされてしまうメデューサなんじゃないか。だって今まで見てきた天使みたいなやわらかな笑顔が、今じゃ獲物を狙う小悪魔みたいな妖艶な笑みに見えるんだ。
「トド松くんからね、アイドルが好きだって聞いて…最初は、好きな人と同じ趣味だって言えば仲良くなれるかなーって。あ、でも今はちゃんとファンだから…っ、わっ!」
照れ隠しなのか早口でそわそわと話す彼女の腕をもう一度掴むと、るりちゃんを自分の腕の中に閉じ込めた。
「…もう、いい。何でもいいよ」
「チョロ松くん、耳まで真っ赤ですよ」
「…るりちゃんだって」
多分、もう僕の中の一番のアイドルは変わらない。