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気のせいかな、名前を呼ばれた気がした。もう終わった恋なのに。きっと呼び止めて欲しくて、もう一度名前を呼んで欲しくて…。

「…るりっ!」

幻聴ではないそのハッキリとした声に立ち止まり振り返った。そこには、肩を揺らして息を切らせた一松が立っていた。


「…なんでっ、何で追ってくるの…」


違う、こんなこと言いたいんじゃない。本当は凄く嬉しい。追いかけてくれた、それだけで嬉しくて涙が出そう。

「言い忘れてたこと、あった…から」

追いかけて来てくれたことは嬉しい。けど、…これ以上何を言われるんだろう。一松はゆっくりと歩き出すと目の前まで来て立ち止まった。少し見上げるくらいの一松との身長差。走ってきたせいで、額には汗が滲んでいる。


「俺、ほんとに駄目人間だし、不器用で素直じゃないからいつだってお前のこと傷付けてばっかで、そのくせ傷付きたくなくてすぐ逃げるし、弱虫で屑で友達一人いないようなつまんねえ人間だけど。それでも…」

強く一松に抱きしめられた。乱暴な抱き締め方。だけど、大切なものに触れるみたいにどこか優しくて。

「それでも、どうしようもなくるりが好きで…好きで、好きなんだよ」

「…っ、狡い…狡いよ一松…何で追ってくるの…、もう会わないって言ったのそっちじゃん…!」


一松はそれでもあたしを抱きしめたまま、泣きじゃくるあたしの文句を相槌を打って聞いていた。時々「ごめん、」って呟いて。もう涙が溢れて一松の紫色のパーカーが色を変えていく。


「…るりは、」


一松の言葉を遮って、涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔で伝えた。

「何度だって言うよ…一松が好き。何でか分かんない。けど、好きになっちゃったんだよ…責任とってよね、」


「…うん」

一松は泣きそうな顔をして眉尻を下げて笑った。

出会いは最悪だった。最低で最悪な関係から始まった。凄くもどかしくて、遠回りばかりした恋だった。たくさん泣いて、辛い想いばっかりして…。

それでも、この人と会えてよかった。
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